芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
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    Syrup16g I・N・M より
    意味が足りないというのなら 位置が見えないというのなら
    知りたくもない自分とやらに 向き合うことしかない きっと
    逃げたいキレたい時もある 別れを告げたい時もくる
    逃げたい消えたい時もある ただ前を知るために精一杯


    標題曲からの一部抜粋。
    解釈はいろいろあって聴き手にもゆだねられているが、
    現代社会のしがらみ、うっとおしさや強迫観念的に迫る「自分」の確立といったものが、それぞれのフレーズにリンクしていると感じる。
    ただ単にそれらを否定したり悲観したり一笑に付したりせずに、現実的に描いており、ある意味超然とした強さも感じる。
    鈴木其一 サントリー美術館
    江戸琳派の絵師鈴木其一の企画展です。

    鈴木其一は、江戸琳派の大家酒井抱一の弟子で、その後継者である絵師です。
    抱一というとまだ江戸中期のイメージですが、鈴木其一の没年は安政年間であり、江戸後期、そして幕末にかかっています。こうしたことからも、江戸琳派を媒介し、近代日本画の萌芽となる重要な位置にいる絵師なのです。

    昨今の琳派ブームにあっても、やや抱一の陰に隠れてしまっている感もあって、私の其一に対してのイメージは漠としたままでした。
    今回の展覧会は、盛況かつ内容も充実しており、鈴木其一のオリジナリティやポジションを広く確立したものになった感があります。

    内容は、其一の代表作を集め、かつ抱一以下江戸琳派の絵師の作品も同時に紹介するものになっています。
    其一が師抱一から多くを吸収し、それを体現していった過程を見ることができます。
    また、独自の手法を模索し、さまざまな技法や画題に挑戦していったことも示されています。
    明暗をもった大胆な筆さばき(風神雷神図)、デザイン性やリズム感をもった表現(朝顔図屏風)、そして生き生きとした、ややサイケ感も感じる色調表現など。
    革新性をもった表現でも、古典の習熟、畏敬そして再解釈によって構成されており、鈴木其一の絵師としてのメンタリティ、プライドも感じることができます。
    エルミタージュ美術館 新館


    今秋にサンクトペテルブルクに行きましたが、前回のモスクワに続き、美術館メモを残しておきます。
    エルミタージュ美術館は、世界三大美術館と評される、言わずと知れた世界遺産の大規模美術館です。ルーブルよろしく観光地化している面が強く、メインとなる本館はごった返していました。
    良く知られている、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ルーベンス、レンブラントらの第一級のコレクションはこの本館にあるのですが、19世紀以降の近代絵画は本館向かいの新館に展示されています。観光のルートとして本館に人が集中してしまうため、新館は対照的に客の入りはまばらで、ゆっくりと間近に鑑賞することができます。
    本館のコレクションはガイドブックその他でよく紹介されているので、ここでは新館に絞って展示されていた作品(画家)を列記します。

    本館同様、相当のコレクションの数とクオリティに圧倒されます。ペテルブルクでエルミタージュの本館を(あるいは本館、新館とも)ゆっくり回る時間がない、ということであれば、行列に並び、入っても激混みの本館を回るよりも、新館に絞ってきちんと鑑賞するほうが賢いと思います。
    ちなみに入口はけっこう目立たないので注意が必要です(エルミタージュ本館から振り返って見て、中央から左です)。

    以下、メモを残せた画家を記します(印象派などほとんどみられると思いますが、そう思ってメモしませんでした)。まだ新館が仮設的、可塑的段階かと思うので、展示内容や作品数、展示部屋などは変化あると思います。公式HPが充実しているので確認できると思います。
    また、訪問時はオルセーからマネのオランピアを持ってきて、「オランピア」の歴史的モチーフを紹介する企画展示をしていました。

    ------------------------
    ()があるものはおよその作品数。

    ○フランス絵画1
    ダヴィド、プルードン、グロ、アングル、ルニョー、ジェラール
    ヴィジェ・ルブラン
    ドラロシュ、ジェローム
    ドラクロワ
    ヴィンターハルター(10弱?) …展示室一室が肖像画のコレクションルームになっており圧巻。
    フラマン(7-8) …来日したナポレオンのシリーズなど揃っている。
    C.デュラン(2)、カバネル、レオン・ボナ、ジュール・ジョゼフ・ルフェーブル
    ジャン=ジャック・エネル
    H.ヴェルネ、シェフェール
    クチュール
    ドービニー
    コロー、ミレー、デュプレ、
    G.ドレ、クールベ

    〇フランス絵画2
    ファンタン=ラトゥール …花静物など小品多数。
    ルノワール …作品数充実。
    ドガ(ドガら、パステル専門の展示室もあり)
    セザンヌ、ゴッホ
    ドニ、ヴァロットン
    ボナール …巨大壁画あり。
    マティス

    〇ドイツ、ベルギー(3階)
    フリードリヒ(6-7)…これだけまとまったコレクションの常設は初めて。
    ルイ・ガレ、ギュスターヴ・ド・ヨンゲ
    ルートヴィヒ・クナウス、アルフレッド・ステヴァンス
    ハンス・マカルト、フランツ・クリューガー

    -----------------------

    アネックスといえど、普通に大きな宮殿なのでかなりの部屋数があり、ピクチュアのように吹き抜け部の空間の広さがあります。

    Alice's Adventures in Wonderland より引用
    “Would you tell me, please, which way I ought to go from here?”

    “That depends a good deal on where you want to get to,” said the Cat.

    “I don’t much care where——” said Alice.

    “Then it doesn’t matter which way you go,” said the Cat.

    “——so long as I get somewhere,” Alice added as an explanation.

    “Oh, you’re sure to do that,” said the Cat, “if you only walk long enough.”

    ______________

    チェシャ猫とアリスの会話から。
    ※適当に訳をつけてみました。違ってる部分あれば済みません。

    ア- お願い、教えて。私はここからどこへ行ったらいいの?
    チェ- それはかなりのところ君がどこへ行きたいかによるなあ。
    ア- どこだろうと気にしないわ。
    チェ- それならどこへいこうがどうでもいいじゃない。
    ア- どこかには着く、ということならね。
    チェ- ああ、十分に歩いたなら、きっとどこかには着けるよ。
    ルノワール展 国立新美術館
    印象派画家、ピエール=オーギュスト・ルノワールの回顧展です。
    オルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵ということで、教科書級の折り紙付きの作品ばかりでした。
    ルノワールの個展は、2008年の「ルノワール+ルノワール展」(Bunkamura)、2010年の「ルノワール ―伝統と革新」(国立新美術館)と定期的に開催されていますが、本展は、ムーランドラギャレット、ダンスシリーズ、ピアノを弾く少女等が揃っていることで、この中でもクオリティ的には群を抜いている印象を受けます。これらに遡るマイベストの2001年の「ルノワール展」(ブリヂストン美術館)に比肩するものであったと感じました。

    個人的に注目する初期(1960年代~70年)、中期(1880年代)の作品についてはもちろん揃っていましたが、後期、晩期の作品も作品数があり、この点ではバランスよく画業を俯瞰する構成となっていました。また、肖像画以外の、風景画や静物画、デッサンもほどよく展示されていました。関連作品の展示もヴァリエーションがあって面白かったです。

    一般にルノワールと聞いてイメージされる作品の多くが、1870年後半から1885年くらいまでに描かれた作品ではないかと思いますが、やはりダンス連作など見ると、この時期の作品はデッサンと色のバランスや画面構成など細かく練られており、見ごたえがあります。特に、シュザンヌ・ヴァラドンをモデルにつかった「都会のダンス」は女性のラインとドレスを映えさせるために、男性を画面構成上の物体・道具として効果的に使っています(これは「田舎~」よりも明示的です)。また、「田舎~」と対置させることで、女性の性格やその場の雰囲気、物語性までも醸し出しています。このような面は、群像画でも発揮させており、「ムーランドラギャレット」や「船上の昼食」(本展には展示なし)などに結実しています。
    後期になると、タッチや画面構成などの趣きが変わり、デッサンよりも、肉体表現の量感や色彩に重要度がシフトしていきます。また、パリの都市性などが脱色された古典回帰のモチーフが増えていっており、この点も晩年の作品を語る上では見逃せないでしょう。ルーベンスなどに通じる、普遍的な価値としての裸婦や人体表現という意識がはっきりと見て取れます。上で言及したいわゆるルノワール画と違うので苦手とする方も多いのではないかと思いますが、ルノワールの多面性としての魅力になっていると思います。
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