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  • 「ヴェニスの商人」の映画
    年末に故郷に帰ったときに映画を見た。はっきり言うと映画館で見るというのは、個人的には非常にまれなことで、ジブリ作品を主に家族と見るか、たまに散発的な用で見るかに限られている。ちなみに、もう地元には映画館がなくなる模様、というのを聞いた。

    「ヴェニスの商人」はご存知、ウィリアム・シェイクスピアの作品。今回が初映画化ということらしい。恥ずかしながら、シェイクスピアは、作品タイトルだけなら知っているが、実際に読んだのは一作品だけで、非常に語るにはお粗末な状況である。

    あらすじは、ここに書くまでもなく、他に用意されているので省く。
    物語は愛や友情といったものから見ることもできるが、やはり一番こころに印象が深く刻まれるのは、宗教や人種の対立や差別などから発生する人間の感情のやりとり、だった。
    物語を批判的に見るならば、友情や愛、隣人愛を重んじるキリスト教の人々が、ユダヤ人の狭い心を持った金貸しの策略を破って、幸せを勝ち取る、というような結局、ユダヤへの差別に目をつむった、キリスト教万歳の反ユダヤ的な物語と解することもできる。
    しかし、そのような見方は、それなりの立脚点に立ってはいるが、一面的な見方ともいえるかと思う。
    僕が感じたのは、ヴェニスの商人もユダヤの金貸しも、どっちが正義でどっちが悪とも分からないような、言ってみれば曖昧な判りにくい感じだった。
    結局、金貸しのシャイロックは、最後まで復讐に走ったため、財産を失い、改宗を余儀なくされることとなり、ここには確かに勧善懲悪的な要素も見えるが、逆にこうまで彼の没落が描かれると、彼らに差別を行い、彼の正当な契約をも覆し、最高の屈辱を与えた、ヴェニスの商人サイド(キリスト教社会)への不信感や、シャイロックへの同情、社会の不条理まで感じてしまう。つまり、反ユダヤが描かれているだけに、逆に、キリスト教側の問題をも提示しているということだ。
    だが一方、ヴェニスの商人、アントーニオや、彼の友人の貴族、バッサーニオの間の友情が堅く、美しく描かれる姿、その友情に打たれて活躍するポーシャの姿は、やはり人間味のあふれる豊かな感情を存分に示している。ユダヤ人を迫害したものの、友情を裏切らず、最後には命を狙われた相手に慈悲を与えるアントーニオは、別の人間に生まれ変わったようで、さとりに至っているようにさえ見える。
    映画のコピーにある、「心に宿して美しいのは、憎しみよりやさしい愛」という言葉だけでは、表せないようなことがらを多く感じさせる映画だと思う(勿論、愛は大きな要素になっているが)。それはやはり、シェイクスピアの時代とは異なっている、宗教が大きな歴史的な問題を持ってしまった現代から、この作品を見ているからだと感じた。

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