芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
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    ファッション論脱線
    しばしば面白い話題になるのですが、女性ファション誌の表紙にある文言。
    当の女性からはどうか知りませんが、男性から見ると本当に(失礼ですが)笑ってしまう文句ばかりです。ちょっと見てる方が恥ずかしいような、一体実態はどんな服装なんだ、という感じで。
    そのような雑誌が幾つもあり、全てではないですがファッションを支えているわけです。
    勿論、男性向けもあるわけでして、こちらも見ていて飽きないインパクトを与えてくれます。
    では、何がオシャレになりえるのか。以下は、ファッション雑誌に毒されていない一個人の偏見です。

    1.皆と同じような服装ではない。
    2.その人にドンピシャな格好ではない。
    3.しかし、明らかにNGは論外。
    4.その人(のイメージ)との調和を著しく乱さないこと。
    5.ルーティン化された着まわしをしていないこと。

    これらは、基本要件だと思います。皆と同じような服装ではオシャレ認知は受けにくいでしょう。これは、「何着ても似合う」というレヴェルの人限定の話で、服装の要因は介入しづらい。次に、その人に、あまりにもしっくりきた格好では、これまた駄目です。それは、固定化されたある見方に、はめられているに過ぎないだろうからです。いかに、他者の期待を裏切りつつ、それを評価に結び付けられるような認知を受けるかがポイントで、それを達成するならば、「ハズし」が大切。一目で駄目なレヴェルまで触れずに、他者からの印象をハズせるか、が重要な要素です。
    だから、普通の良識を持った人から見ると、「あんまり似合ってない」と評価されるような服装でいいのです(それか、他の人には論外だけど、その人にはある程度「似合う」か)。「はっちゃけ」がなければ、オシャレは成立しないというのが僕の見地です。ブランド物を着ているからオシャレというのはやはり賛同しにくい。確かに、ブランドが確立されているだけに、デザイン性があったりすることには賛成しますが。
    勿論、これは奇抜な格好をすればいいとか、原色系でいけばいい、とかそういうことをいっているわけではないです。ここを曲解すると、4の要件を無視する方向へ繋がり、相手に無用な感情を抱かせてしまったりするからです。やはり、まじめ君がいきなりダブダブなトレーナー着ても始まらないでしょう。そこは、その個人と調和のある方向性からのハズしが前提にあるわけです。そして、最後に服装が固定されてくると、「はっちゃけ」はマンネリになり、その機能は役割を終えることになるでしょう。
    おそらく、一番大きいのは、差異化欲求を前提にした議論ですが、その集団内で、他者と同質的にカテゴリされるような印象になるのを避ける、というのが身近にある第一段階になると思います。差異・同調化欲求のバランスという、この辺の議論は、厳密にはより難しいのですが。

    駄文を並べました。これも「一興」ということで考えてみました。
    要は、中身・内容です。ここを忘れたら仕舞いですね。
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