芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
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    自己象徴としてのファッション
     大きく流行というものをとらえるとき、往々にしてそれは服飾についてだろう。流行という語のもと、服飾・服装というものは特別な地位を与えられている。
     流行を形成するものとしての服飾文化を考えるのも興味深いのだが、ここでは、流行、アイデンティティなどの諸形相において、この服飾が相対的な特別性を与えられているという事実に対しての考察を少しばかり展開したいと考えている。

     まず、服飾によって、多少なりともアイデンティティを表出させたいと、「意識的に」考えているひとは、服飾の機能的要素の中でも、いわば第三次的な要素を重視しているということである。つまり、寒さを防ぎ、露出を避け、ある社会的場面の規律に従う、というような、生理的な要求や道徳的な要求の次元には完全に収まらないような要素であり、それは、自分らしさを可能な限り視覚的に表現する、という要素である。
     ここで、注目すべきは、服飾が視覚的に自らを象徴しえる、という点だ。「自分らしさ」を語るとき、それは所属だったり、性格・癖・習慣だったり、趣味・嗜好だったりする。しかし、これらは、対面的に他者と出会ったときには不可視的で、分からない場合が多い。しかし、服装はそれ自体が可視のものであり、何らかの社会的な意味づけができうるものである。要するに、第一段階での印象管理をしようとする場合、そこには服装の管理という要素が自然と入ってくる。この意味で、服飾は、「自分らしさ」というものを現前にある人たちに直に呈示しえる、即効的なツールになっている。
     さらに、服飾は、このように、そのものを自分の立場から客観視できるので、他者との差異を確認することがきわめて容易なものである。これは、他者に対する自己の呈示という問題意外に、他者とは異なる(または同じような)自己の、自己への呈示という問題も含んでいる。服装を通じて、自分の個性なり趣向を確認し、それによって、自分の社会的な位置づけや、他人との差異・同質を決定しているのだ。
     まとめるならば、服装に関する問題は、「自分らしさ」の他者への呈示と、自己への呈示という両側面を持っている。このような、アイデンティティ形成・確認に重要な役割を服装が負っているからこそ、冒頭の特別な地位を服装が持つに至っていると考えられる。
     こうした自己のある種の象徴化に対する服装の機能は、極めて、服装が社会的な意味合いを強く帯びている、ということを再認識させる。服装に対して、当事者である個人からの意味づけが可能なように、他者からの意味づけも、当然ながら可能である以上、意識的だろうが無意識的だろうが、選択された服装とその着こなしは、自分自身を表象するものとして、常に、社会的な役割を負ってしまう。だからこそ、この自立的なツールに対して、意識的、または無意識的に取り組むか、ということが個人の主要な関心として設定されるのであり、それは絶えず、社会的な文脈に対して重要な役割を果たしている。だが、個人は、いくら意識的に取り組んでも、完全に、服装をコントロールし、同時に完璧な印象管理を行うことはできない。それは、他者からの、ある服装に対する意味づけのマルチチュード(多数性、複数性)というものが、個人には支配できない領域としていつもつきまとうからである。この他者が持つ服装に対する夥しい意味づけの中の、異質性、同質性はファッションを捉える上でとても興味深い要素である。
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