芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
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    つくられた世界観と心理的ダメージ
    「死に至る病とは絶望である」とは良くいったものだが、やはり人間の心理面でのダメージに対しての反応は興味深いものである。

    これまで安心して暮らしてきた住まいが、震度5強で倒壊する恐れがある、と診断されたことに自分自身が倒れてしまったり、直接攻撃されていないのに、勝手に邪険にされているイメージを持って殺人を犯してしまったりする人などは象徴的な事例として思える。
    心理的な動揺を誘う情報が与えるダメージは、「たかがそんなことで」というようなひとことで済まされないほどの力があるのである。物理的なダメージさえも、それは最終的には心理的なダメージへと行き着く。つまり、心理的なダメージは、物理的なそれと並置されるものではなく、より根源に行き着くダメージである。

    それは、自分が想定している世界を崩すという、生活上の根本を揺るがすものである。人間が安心して、「文化的に」生活を営めるのは、数多く存在する、幾つかの選択肢を伴う事がら対して、いちいち検証を与えずに選択したり、留保したりできるからであろう。つまり、ここでは、こうして、こうなる、というような予測・諒解が得られているからこそ、われわれはスムーズに行動ができているのである。
    このような、自分の世界観の根本的前提が一部でも欠けるということは、想像を超えるような不安をもたらすに違いない。その不安は、すべてを覆う絶望になりうるのだから。

    人間は、精神面での弱さを克服できないものである。それだからこそ、物理学的な運動法則や、経済学的な功利原則で図れない複雑な領域がいつまでもつきまとう。やはり、このような人間の特異性を捉えようとする方向性が近代になって発展してきたのだし、これからも主要な関心になりつづけるだろう。
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