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  • パトリシア・ハイスミス(Patricia Highsmith)のサスペンス


    パトリシア・ハイスミス(1921-1995)はサスペンスの女王といってよいほどの世界的名声のある女流作家。
    日本では意外に彼女の名は知られていないのですが、「太陽がいっぱい」、また「見知らぬ乗客」などのヒッチコック映画でも有名だし、最近でいえば、マット・デイモン主演映画「リプリー」は彼女の原作で、臨場感十分なスリルのある展開は映画向きなのでしょうか。
    いずれにせよ、ハイスミスのストーリーテリングは超一級です。個人的にも、海外ミステリーという大きな枠でくくっても、自信を持って五指の中に挙げられる作家です。

    ハイスミスの作品は、推理小説の部類、場で語られることもありますが、探偵が出てきて事件を解決するのか、というとそんなことはあまりなく、どちらかというとそちらの方面とは一線を画しており、サイコスリル的なサスペンス、または超常現象的なミステリーなどにカテゴリされるものでしょう。
    勿論、殺人などの事件は起こりますが、最初から犯人は特定されていて、彼の心理状況の変化がどのように物語を発展させていき、最後にはどのような結末を生むのか、という要素が大きく、読者は、探偵役ではなく、事件を起こしてしまった、巻き込まれた側の立場で物語を進めていくことが多いのも特徴です。
    そのため、勧善懲悪のような明確な視点はハイスミスの小説にはほとんど見られません。
    犯人も自分の心の弱さというものから事件を起こしていき、冷徹で計略を練りながら淡々と完全犯罪を狙うような犯人像とはかけ離れています。殺人を犯してしまったということから、どんどんと深みにはまっていき最後には抜けられないという、もがきながら堕ちていく人間の心理がとてもリアルに伝わってくる作品になっていることが多いです。
    それなので、読み進めていくうちに、場合によっては犯人に同情的になってくることもありますし、その意味で「憎むべき犯人」のような感情は抱きづらく、このような点で人間味が良く伝わってくる人物描写をしています。

    さらにハイスミス作品を特徴づけるものといえば、ミステリー、サスペンスには欠かせない、展開、結末の意外性です。
    ツイストを重ねる展開や、ハラハラさせる流れはいわずもがなですが、特に印象に残るのは、驚き、不安、動揺、唐突、疑問など、なんとも形容しがたい独特の感じを醸し出す結末。完全に明確に人間関係や感情、成り行きが明かされるようなラストにはなりません。
    こういう意味で、とても歯切れが悪い。しかし、この歯切れの悪さがハイスミスの魅力でもあり、同時に読者にメッセージ性を残すものになっていると思います。


    ハイスミス作品は、21の長編と6つほどの短編集からなります。
    長編は皆、どれがお奨め、ということもいいづらいような出来なので、あえて強くこれだけは、というような作品はありません。多くの作品に触れて、ハイスミス・ワールドを味わうことをおすすめします。
    個人的に印象に残るのは、「愛しすぎた男」、「殺意の迷宮」、「ヴェネツィアで消えた男」、「ガラスの独房」など。
    これら作品を筆頭にハイスミス作品の登場人物は、愛という激情に結びついた攻撃あるいは殺人という、傷害や殺人とくくられるなかでも一番、感情の振幅の大きい主題で描かれることが多く、「愛しすぎた男」や「殺意の迷宮」などは主人公が悪いとは分かりつつ、つい同情し、同じような視点で考えてしまったりして、物語に引きこまれていきます。それから事実上の処女作「見知らぬ乗客」、また「生者たちのゲーム」などもドキドキハラハラの展開です。

    短編作品は、「動物好きに捧げる殺人読本」などを中心に、本当に奇怪な作品が目立ちます。
    高度に社会化された現代人に対する、自然の反乱というようなテーマで、現代社会への危うさへの冷ややかな警告というものが隠れています。また、ごく最近、時代区分で短編をまとめた大きな短編集が河出書房から出されたようで、こちらも楽しみです。


    ハイスミスの作品は、角川、扶桑、河出、創元などの各社に版元が分かれており、入手は正直いうと結構手間です。
    常時店頭に並んでいることもそうないと思いますし、作品によっては在庫があまりなかったりするかと思います。しかし、ハイスミスの作品は「リプリー・シリーズ」を除いてはすべてノン・シリーズで、どれから読んでも差し支えなく読めるので、図書館、書店、古本、ネットでもなんでもいいですが、出会った作品から読まれると良いと思います。すぐにハイスミスにとりつかれることでしょう。

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