芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
  • calendrier
  • コクリコ坂
    宮崎吾朗監督の第2作目「コクリコ坂より」の感想をちょっくら書いてみます。
    前回の「ゲド戦記」の時は圧倒的なマイナス批評を前にして書かなくてはならなかったけど、今回はニュートラルにものがいえそうです。
    公開から日もたっているので、ネタがどうのこうのなしで書きます。

    漫画原作あり、1960年過ぎの日本(横浜)を設定、高校が舞台、ということで、壮大なファンタジーである「ゲド戦記」よりも格段に見せやすくまとめやすかったことは間違いないでしょう。
    たとえば、下宿の人間関係や松崎家の来歴などの設定はすんなりは頭にはいってこなくても、そういうことで置き去りにされたり、見る気が削がれたり、といったふうではありません。
    冗長さを感じさせることはなく、テンポよく(予定調和で良すぎるくらいか)話が進んでいく印象を受けました。

    ただし、テンポよい進みとは別に、ストーリー線、内容はそれほどに目を見張るものはないといっていいでしょう。
    男主人公が語るように全体として「安っぽいメロドラマ」という感はぬぐえませんし、結末としても予定調和の当事者の諒解という形で締めくくられて終わります。
    ハラハラドキドキの展開を楽しむこと、物語に引き込まれてしまうこと、駿作品のような深読みを楽しむこと、などからは遠く、ストーリーテリングは薄い、といっても言い過ぎではないかと思います。

    それでは、何がこの作品を魅力的に映しているかといったら、それはもう、物語の世界観、登場人物の精神、という単語を出して説明するしかないかと思います。
    1960年台後半の学生運動の気風をうかがわせる高校、そのなかで自主独立して活動する学生たち、一種独特なカルチェラタンの世界、気丈なまでにまっすぐいきる海や俊、家族との絆、などなど現代を舞台にしていたらまるで成り立たないようなぴりりと効いた要素が連なって、独特の世界観を提示しています。
    旧制中学の高校出身で、ずっと文化系で活動してきた身としては、ああいう学生の雰囲気やカルチェラタンを包括する精神などはシンパシーを感じます。自分の親世代には結構なノスタルジーを喚起するのではないでしょうか。
    この時代の純度の高い学生たちの精神が折り重なった、シンボルとしてのカルチェラタンの実在性や、心揺れる海たちの精神的な交錯(特に家族への思いが投影される精神世界の描写などは印象的です)を目の前にして、物語の世界が、鑑賞者の作品への好悪の印象を乗り越えて、それを別個にして、しっかりと動いていることが理解されるのです。
    もちろん、理解するのは経験・知識が第一なので、あまり子供(もしくはシンパシーを抱けない大人)向きじゃない面もありますね。

    音楽、挿入歌も個人的は気に入りました。作画もカルチェラタンや造船などを中心に良く構成・表現されていると思います。
    ストーリーや主人公が特に気に入った、ってわけじゃないのに、2回見に行きました。自分としては相当に稀有なことですね。。
    スポンサーサイト
    コメント
    この記事へのコメント
    コメントを投稿する
    URL:
    Comment:
    Pass:
    秘密: 管理者にだけ表示を許可する
     
    トラックバック
    この記事のトラックバックURL
    この記事へのトラックバック