芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
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    新しい年になりました。よろしくお願いします。
    近況ですが、論文書きで引きこもり廃人って感じです。まったく、美術から遠ざかってしまって、絵も展覧会もお預け状態です。ゲームも音楽もです。
    規範の内面化と関係の規定

    社会というのは、ミクロにせよマクロにせよ、関係性において生じているものだと考えられる。そして関係性というのは、外部的なもののように思われるけど、結局は意識に内在するのであり、この意味で観念的な総体だとみなせるだろう。関係性の糸は観念されたものに過ぎないのである。
    この関係性という領域では、社会化という過程がことの他重要な、ある意味決定的な要素になっている。現在、相当遺伝子の役割も大きいということが双子実験でいわれているけど、表層的な類似を数値化して遺伝子を強調するのは合理的ではない。つまりここでは、社会的要素の力も遺伝子の役割に還元されているのだから。この意味で遺伝も、社会化を前提にしているといえる。社会化で一番重要なのは、規範の内面化ということだと思う。意識-外部的であった規範が内面化されることで、それ以降の個人的行為を規制するからであり、規範にしたがって関係をマネジメントしていくからである。とどのつまり人格は先立たない。よって、中核的な行動・信念規範が、そしてそれが形成される社会化過程が、社会生活においてかなりの幅を占めるものだということがわかる。もちろん、規範は絶対的なものではないし、規範は変容過程がある。しかし、主体は内面化された規範にそって行為・思惟するのだから、規範は、このプレインストールされた規範に親和的な規範を媒介として変化せざるをえない。つまり、規範は、AからBではなく、AからA’という変化過程をとる。この過程を超える変化は、主体の個人生活上、重大なアイデンティティ危機をもたらすだろう。この意味からも、自己規範を変えたくない人は、個人の調整能力を凌駕する集団的沸騰への接近には注意すればよい。また、社会的存在になるにしたがって、社会的機能である規範も個人のうちで大きな行為動因になる。それゆえに、ことさら青少年期の教育や家庭環境の重要性を説くのも間違ってはいない。可塑的状態である子供の意識が固定される段階にあるからである。
    ところで現代社会が多様化しているといっても、全体的なコントラストという点では、それほどの変化の幅は示していない。それは分岐点が過剰に担保されているということに過ぎない。だがそうはいっても、個人が選びうる選択肢もそれほど多くもないのも現状である。それは、ここでの文脈でいうならば、内面化された規範が自動的に選択肢を絞ってくれるからであり、関係性の観点がほとんど二つの地平を持った視座に収斂するからである。つまり、同質性と差異性である。これほど可塑的で、文脈依存的なものもないが、規範のチャネルもそう多くないというのが事実である。視点はこの二つによってつくられ、ほとんどが二元論で済むことが想起される。関係の規定は、~である、ということに加え、ただちに「~でない」ということを含んでいる。そして、現代社会の差異性は、マクロ的に同質性に担保されているのだから、内面化された規範と社会的要素(道徳)との同質性の接点の面積によって、社会的存在における個人は(関係-規範依存的せよ)値踏みされてしまうということも確からしい。

    追記
    これをぱっと書いて、気になった本を読み返していたら、「相互協力関係における人間の実際的な意義となると、これは類似と差異によって規定されている」とはっきり書かれていました。100年前の社会学者のジンメルの言葉です。そういう意味でも駄文でした。ここでは差異に力点が置かれていて、彼によると、「差異への関心は非常に強いもので、本当は真実の根拠がない場合でも、差異を実際に作り出すくらいである」ということです。
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