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  • 魔女の宅急便 その5


    『魔女の宅急便 その5 魔法のとまり木』が今月頭にようやく刊行されました。ウールリッチの後に書くのは、とも思いますが以下感想です。ネタバレを含みます。

    今作の5巻は、『その4 キキの恋』の2年後の世界を描いており、キキの年齢も19歳となっていて、最初の旅たちから6年も経過しています。内容も、「キキの恋」のその後の展開であり、3巻からのキキの恋愛に、ようやく決着がつく、というものになっています。19歳になったキキですが、心の振幅が大きいところはそのままで、相変わらずの揺らいだ姿が描かれています。

    3、4巻は、巻を通して流れのある構成をとっていましたが、5巻ではこれより前のように、各章独立的な構成に戻っています。その合間に、とんぼさんの手紙を通して、キキの恋模様が書かれています。
    「心ねえ、いっぱいねえ。でも心って手のようにつなげないんだもの」
    とんぼさんは、キキの住むコリコとは離れた町にいて、キキととんぼさんには若干の気持ちのすれ違いが生まれ、キキは引き続き悩むことになります。また、魔女としてのキキの自分自身の心の問題が、いくつかのエピソードで起こっていて、魔女であり一人の少女であるキキの内面の成長にスポットがあてられています。

    その中でも大きな問題となるのが、サブタイトルとも関係しますが、「キキの魔法低下」の問題です。宮崎駿監督作品の『魔女の宅急便』では描かれていますが、原作の角野栄子作品ではこれまで描かれていなかった問題であり、やはり比較的に見てしまいます。それぞれ設定や意味づけは異なりますが、両者ともに、魔女の成長を描く上では、外せないものとして、「キキの魔法低下」を超えるべき壁として書いているのだと思います。

    これとかなりリンクするところで、「キキの魔法低下」とともに、「ジジの恋とジジの言葉の問題(猫語化)」が書かれており、このようなところからも、原作における、宮崎作品からの影響なり示唆的なものが読み取れます。
    映画作品では、二人で一人のような関係であるキキとジジが、それぞれの道を見つけ、成長していく、という面から、キキの魔法が回復した後も、ジジの言葉は戻らなかった(キキにジジの言葉を理解する魔法が消えた)と解釈できます。しかし、今作では、事情が少し違っていて、ジジが、キキに分かる語と猫語を選択しているということが如実に示されており、ジジがいつもキキに付き従うものではなく、ジジにはジジの考えや人生があるという面が強く表れているように思います。キキとジジの関係を、気のおけない仲、というのではない微妙な関係として描いていることは、前の巻からも顕著でありましたが。

    物語の最後では、19歳のキキが20歳になる区切りが書かれています。子供と大人の大きな境目として重要なシーンであり、「キキの魔法低下」もここに至る不可欠な問題として見れます。キキは20歳を祝うための儀式をしますが、「ひとりだけのお祝い」であり、「生まれたときからいっしょ」のジジはその場にいなかったのが、そして「おめでとう」を交わさなかったのが少し気になりました。

    結びでは、6巻にいたる重大な結末が用意されています。そして次の舞台のことも書かれています。6巻で完結するのかどうか分かりませんが、どのような話になるのか楽しみに待ちたいです。
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