芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
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  • 欧米で都市生活を満喫する高学歴若夫婦の妻の方は大学で社会学を専攻していた、あるいはカルチャースクールで社会学を学んでいる。
    社会学って何?と聞かれると何気に困る。
    一年生の頃に、社会学とは何か知らない人にも分かるように説明せよ、という試験まで出されていたから、当事者側にも結構な意識があることである。
    大体において、理解を示さない人にとって、あるいは固定観念が強い人にとっては、こちら側の説明は辟易させるものに十分なり得る。社会=世間などという翻訳をしている人や、道徳=老人たちの決まりごとや知恵のように理解している人に、これらの語を使って説明しても、ほとんど徒労に終わる。一面的にでも、犯罪は社会においてプラスの機能を持ちうる、とか、病院があるから病人が生じる、などといったら、怒られるかもしれない。

    個人的には一文でいうなら、社会と人間との関係を考える学問、というようにしている。つっこまれたら、教育や宗教、政治、法律などの具体的な接点を挙げていく。
    だが、社会と人間が完全な比較対象にならない以上、矛盾を抱えることは否めない。そもそも、社会の命題的な定義や社会学の決定的な目標が措定できないのだから、社会学という単語自体がそもそも危険をはらんでいる。社会とは「まずもって」、仮設されたものである。

    このようなこともあって、社会学は膨れ続けてきたといえる。今では、何でも社会学といわれるような事態の中、サブカル的な社会学とでもいえるものが増えているのだと思う。もちろん、その末端にはトンデモない妄想が社会学と偽って存在する。
    かつての、全ての学問を総べる存在としての綜合社会学はなくなったが、逆に隅々に社会学といって居座る言論を生んでしまっている。これが社会学の非実体性を増しているとも考えられる。
    社会学の境界などは問題にならないが、このような事態を鑑みると、社会学を社会学することは意外に重要だろう。

    ただ、社会学は科学であることは不可欠の要因である。これは社会学の生まれた背景、要因を考えても外せないものだろう。
    例えば、バカ売れした(?)本の用語としての「下流社会」は想像されたもので、ただのエーテルでしかない。最初の数ページで本を閉じてしまった。書評なども読んでいないが、どのように評価されているのだろうか。
    この本が社会学を表明していた事実はあったかなかったかどうでも良いが、経歴を見て多少失望した。学生時代さぼったのか、何なのか。
    ともあれ、社会学は科学性や客観性を持ちうるものでなければいけない。ふと思い立ったことそのままや、マーフィーの法則ではいけない。

    誰でもベースを学びさえすれば、態度を身に着けているならば、社会学をしていることになると思う。ただ、一体誰が素人社会学者に向いているのか。色々考えてみるがこれは保留しておきたい。
    もう一つ、もちろん、社会学は結局は一つの考え方でしかない。

    追記。表題は個人的なイメージ。欧米のサスペンスを読むとこんな設定に遭遇する。
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