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  • ギャグの諸規準 -類型学的分析-
     ギャグについて考察する。
     社会(心理)学的にそれを分析するならば、主に社会的場面における機能、役割分析になるだろうが、ここでは第一段階の作業として、ギャグの類型について勝手ながら暫定的、恣意的に考える。ギャグのネタは著作権などないがオリジナリティを重視して持ちネタから経験的に引っ張ってきている。

     前提として、ギャグは、1,意図 2,非意図 に分けられる。1は「狙って」というものであり、2は天然、事故、固有人間行動というものに還元して考えることができる。主要な議論となる1は後に回し、2でメインとなるのは、事故、つまりアクシデンタルなものだ。例えば、間違えて熱い鉄板の上に手をのっけてしまった、車で事故りそうになった、こうした予期しない結末を笑いに転換する、また転換されることがある。こうした非意図的な偶然性を伴う事故は、その性格ゆえに、予期せぬ非日常性と、「ありそう」な典型、という両義性を上手い具合にかもし出し、笑いになるのである。しかし、このアンビヴァレンスの配合が上手になされない場合、「笑ってる場合じゃない、ヤバい」か、「古典化されすぎてつまらない」という結果をもたらす。
     では1の考察に移ろう。1の分類として、i.言語的なもの、ii.動作的なもの、iii.両者の混合、あるいはその他視覚的なものなど に分けられる。ここではその主流となるi.に絞って内容を見ていこう。
     まず、言語的ギャグの性格、特徴を概観する。まず、それらには何らかの韻が踏まれていることが往々にしてある。オヤジギャグと蔑称されることもあるこの種のギャグは、一番なじみの深いものである。ここで上手いギャグになりえるのは、韻を結んでいる複数の語に相互関連性あるいは物語性がある場合である。だから、ただ単に、「コンポにコーンポタージュこぼしちゃった」「このコンポ、根本的にイカれてる」なんていっても上手くない。「何々だからこそ、何々なだけに何々」のようなコンテクストがあって「一本とる」ことができよう。勿論、韻が超絶技巧的であればコンテクストなど無視できる。これはまさに押韻-言語的ギャグの究極的目標である。
     第二の性格として、韻と必然的に関わってくるが、語の意味内容の変化を狙ったものが挙げられる(意味内容の変化は基本的に、音を共有する語である必要があり、押韻よりも厳密なくくりになる)。例えば、「本当に彼らの間にはギャップがありますよね?」と言われたとする。この時の切り返しとして「SHIPSじゃなくてGAPですか?」と言った時、ギャップという同音節を持つ語に対して意味内容の変化がもたらされている。この種のギャグは、発想の転換の早さ、また知識領域も問われるだけに、上手く切り返したとき高い効果が期待されうる。この場合、あえて直接音節を共有する語を出さない方が、予測困難性を高めるだけに上手いギャグになるだろう。(つまり、「やっぱマイセン(マイルドセブン)だよな~」「いつから磁器コレクターになったんスか??」ということである。)
     以上、この押韻、意味内容の変化は言語的ギャグの2大要素といえよう。さらに付け加えれば、もののたとえが上手いときそれは笑いの要素が付帯する。我々はこれに対し比喩的ギャグという名称、性格を与えたい。人々はそこに発想の芸術性を見るのである。そのほかには亜流として、奇声、ものまねなどの一発ギャグがあるだろう。この考察に当たって、ギャグの方法論という地平が見えてきた。議論を移そう。
     では、ある種のギャグに含まれる方法として、効果の期待できるものを挙げる。
     第一に考えられる方法論的アプローチは、ある内容を予測させて、裏切るという逆転的発想法である。この場合、重要なのが相手に敢えて「内容を予測させる」ということである。
     個人的に苦手なのであまり上手い例が挙げられないのが残念であるが、挙例するなら「贅沢は-敵だ 欲しがりません-…」と言う。次に相手は「勝つまでは」という内容を類推する。ここで「カツサンド」と言ってみよう。笑いが起きる確証はゼロであるが、これで少しはこの方法論が確認しえたと思う。
     そして、この方法と対を成すのが、思いっきり文脈に関係ないことを突発的に言ってみる方法である。そこには、全く新しい、切り取られた文脈の不可解さ、日常、平凡との乖離がある。それが笑いを呼び起こす。しかし、相手の性格、生活文化背景なども考慮しなければただのマッドネスに終わってしまうことは論ずるまでもない。
     次に挙げられるのがその言葉がその共同体もしくは社会的場面で持つ性格をフルに利用するというものがある。例えば、言葉はその意味内容に加え、使われる場によって付帯的意味合いがあることが多い。その共同体における流行、趣味、タブーなどにこれらは関わる。難点として、これらを利用するギャグは、成員間のある種の同定性につながるが、成員外には内輪ネタとしてみなされてしまうものではある。
     このギャグに関係するのが、予め笑いの要素が広く内在している題材についてのギャグだろう。このギャグは、付帯的意味内容が良く一般化されているので、その共同体による特別な意味合いを抜きにして笑いを提供しうる。ブラックネタ、下ネタ、宗教ネタ、世間一般流行ネタなどがこの題材に含まれる。
     このように見てくるとギャグは、その性格と方法を密接な関係のうちにして体現されていることがわかる。ギャグをギャグとして認識しうるのは、それに、会話を構成しているという主体化された人々がギャグなるものを見出すからであり、10人中、半数が笑ったからギャグとして認識される訳ではない。

     以上、簡単にギャグのアウトラインをスケッチしてみた。無論、この素描は、暫定性、仮設性をもった一部分であるという性格を免れない。最終段階に入って、ギャグの認識論に立ち入ったこともそれを支持しているし、ギャグがたった数ページで概括しうるなどという考えは筆者も持ち合わせていないことは分かっていただけると思う。だから、この分類上の問題を起点として、まだ幾つかの補論が必要である。またの機会にそれは譲ろう。


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    コメント
    この記事へのコメント
    力作
    なかなかの力作ですね。
    普段われわれがやってるギャグは大体網羅してるでしょう。というか、下のレポート用に書いたやつと同じぐらいの分量ってのが凄いですね。俺もそのうちギャグについて書くかもしれませんが、もっと実践的で実用に足るような方向性を目指すかもです。
    2005/06/28(火) 12:30:16 | URL | 皐月うどん #-[ 編集]
    どうも
    いやあ、書き足りないことだらけです。うどんさんのギャグ論も楽しみにしてます! 明日から使える実用的なものを期待します。
    2005/06/28(火) 13:37:07 | URL | webcat #-[ 編集]
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