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    『歴史学の方法』 マックス・ヴェーバー
    weber.jpg
     ヴェーバーの『歴史学の方法』は、ヴィンケルマン編『科学論論文集』に、彼の名論文『理解社会学のカテゴリ』『社会学の根本概念』『職業と学問』とともに収められた論文である。ヴェーバーを語るとき、往々にして理解社会学、宗教社会学というタームの下にそれはなされるが、歴史社会学という分野においても彼は優れた研究を残していることは言うまでもない。歴史は彼の一連の社会学的考察にとってキー概念であったのであり、特に実証的に宗教、法などを分析する際、それの歴史的側面や歴史的発達過程を無視することは不可能である。よって、彼にとって、社会学的方法論の観点からして、歴史(学)と社会(学)は密接な関係を持っていた。その意味で歴史学は、彼の研究にとってとても重要な役割を果たしていた。歴史学者の存在なくしては、彼の宗教社会学諸論文は日の目をみることはなかった、といってもいい過ぎではなかろう。
     こうした社会学の立場は、ヴェーバーだけが持っていたものではない。一例として、同じ初期社会学の偉大な研究者の一人である、エミール・デュルケムの考えも示しておきたい。彼は、「社会学は大部分ある仕方で理解された一種の歴史学」という認識をしている。つまり、社会学と歴史学は、その研究の方法論は違うにしろ、同じ研究領域を分かつ、一つの実証科学であると捉えているのである。デュルケムのこうした認識も、社会学が必然的に、歴史、そして歴史学的作業と不可分の関係を有していることを示すものである。
     以上、簡単ながら、社会学者の立場から、社会学と歴史学との関係性、そして親和性を概観した。その上で、この『歴史学の方法』の内容に移ることにしよう。
     本著は、ドイツの古代史の歴史学者、エードゥアルト・マイヤーの歴史学理論の検討、批判から始まり、二章中の一章がそれにあてられているのだが、それが全体の基盤をなしているといってもいいだろう。彼はマイヤーを一流の歴史家と評価するも、彼の理論を積極的に批判している。少し長くなるが、ヴェーバーの意図を引用することが一番手っ取り早いし、以下の議論に有用である。
    「マイヤーの定式化の弱点を意図的にずばり捜しだしている以下の批判をも、「知ったかぶり」をしたいという欲求のためだとしないで欲しい。優れた学者が犯す過ちは、学問的に価値のないものの持つ正しさよりも教えるところが多い。マイヤーの業績を積極的に評価することが、特にここでの意図であるということはなくて、まさに逆である。彼が非常にさまざまな成功を収めつつ、歴史学の持つ論理のある一定の重要な諸問題と、いかに折り合いをつけようと試みたかを我々が知ることによって、彼の不完全さから学ぶことがここでの意図なのである。」
     以上を読んで分かるとおり、本著でヴェーバーが試みたのは、歴史学的作業を遂行することでも、独自の歴史学的方法論を構築、展開することでもない。マイヤーの理論の犯した根本的な過りを正すことによって、現行の歴史学的方法論をより有意義なものにしようというものであったのである。
     ヴェーバーのマイヤー批判を見る前に、マイヤーの歴史学的スタンスを確認したい。冒頭でヴェーバーが整理するところによると、マイヤーの歴史学は、「偶然的」なもの、具体的な個人の「自由な」意思決定、人間の行動に対する「理念」の影響を歴史学にとって無意義であり、科学的叙述には必要ないとし、個々人の行動に対しての「集団現象」、「単一特殊」なものに対する「類型的」なもの、「共同体」、特に社会の階級、諸国民の発展というものを科学的な歴史学の対象と定式化したのであった。
     ヴェーバーの批判を待つまでもなく、こうした厳格な、個人表象と集合表象な区別を(自らの内的価値判断に)与え、後者の優位性を説くような理論は、異論や批判を招きやすいことは明瞭である。つまり、いくら線引きを強調しても、集合表象は個人表象からは完全に独立することはできないのであり、その意味で、個人表象を切り捨てていくと、集合表象まで否定しかねない。そして、個人表象に立ち返ろうとした瞬間、最初の線引きはもはや実効的な意味合いを持たなくなってしまうのである。こうしたある種の、科学的考察における個人的なるものと社会的なるものの二元論的類型化は、方法論としてはかなりの有効性をもつものの、突詰められたときディレンマがつきまとう。これは冒頭で紹介した社会学者デュルケムなどにも特徴的に見られるようなことである。
     ヴェーバーも、こうしたマイヤーの定式化の根源的な論理矛盾を追及していく。まず、彼の歴史学で地位を与えられなかった、偶然や、自由、自由意志といったもの考察から始める。それを概略すると、なぜ、自由というものを「非合理性」と結びつけ、切り捨てることにより、歴史学の領域を矮小化しうるのかということである。ヴェーバーのこのような、短絡的ともいえるマイヤーの定式化に対する批判は、社会学的見地に立てばもっともな批判であるといえる。ヴェーバーの個人主義的方法論に鑑みれば、マイヤーの定式化こそ非科学性を持つように認識されるのだろう。「歴史学の対象」の章に移って、ヴェーバーの批判はさらに論理学的な決定的誤りを突いてくる。それは一言でいうと、歴史的現象の実在根拠と認識根拠という問題である。それは、「フリードリヒ四世の上着の仕立て屋」という一般歴史学では参照されない事項をどう歴史学的に扱うかということであり、(紙面の都合、詳述できないが)ヴェーバーはマイヤー定式化の盲点を論理学的に鋭く浮き彫りにしたのである。
     『歴史学の方法』は、勿論歴史学の方法論、認識論を扱ったものだが、個人的には、歴史学と社会学との関係性を再考させるものであった。マイヤーの定式化自体は、それまでの歴史学的方法から見ても、それほど問題になるものではなかったと思うが、しかし社会学者ヴェーバーによってなぜこれほどまでの批判が可能であったか、という側面にそれはあるだろう。


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    コメント
    この記事へのコメント
    翻訳?
    翻訳ではありません、日本語になっていません。訳について、問題と思ったことはないのですが。
    編集者は何をしていた、講談社は恥ずかしくないのか。酷いものです。
    2015/07/14(火) 02:13:20 | URL | ま #-[ 編集]
    大学時代に読んで書いた文章なので、当時の翻訳に対する印象は覚えてませんが、翻訳に対する問題は(ゼミ等で)扱っており、問題関心としては持っていました。こういった専門科学の翻訳は、外国語の理解はもちろん、日本語へのアウトプット、当該学問分野への知悉、などいろいろな面で壁があります。そういった意味で、無批判に「翻訳」を受け入れず、原典・原文にあたる、という姿勢が非常に大切だと、ゼミでは学びました。コメントをいただいた意識や考えが、翻訳者、出版業界にも伝わり、問題となる訳文が少しでも減っていけばと思います。
    2015/07/25(土) 14:47:35 | URL | webcat #-[ 編集]
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