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  • ラ・フォンテーヌの寓話


    フランスの詩人・モラリストとして知られる、ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ(1621-1695)。この寓話集は彼が30年に及んで書き記した、イソップ物語などに取材したものです。全話あつめると200を超える大作!。

    寓話ということで、半ページから4ページくらいの短い文章に、生きる上でのさまざまな教訓を載せています。登場人物もほとんどが動物で、猫、ねずみ、しし、きつね、狼、羊などが擬人化され形でコミカルに描かれています。
    ししは愚かな王、きつねはずるがしこい物知り、狼は知恵の足りない貪欲者、ねずみは力のない烏合の衆、などなど描かれるイメージはごく分かり易いものです。おそらく、読んだことない人でも知っている話は多少あると思います。

    ラ・フォンテーヌは子供には…、という意見がありますが、僕は、子供では分からない、のではなく、真に楽しめないのだと感じます。寓話は正直ものが最後には救われる、とかそういうクリアな話ではなく、大人の世界にある欺瞞、虚栄、強欲、怠惰などを上手く描いてしまっているので、やはりこうした世界の話を苦笑交じりで楽しめるのはそこに暮らす大人だろうと。でも寓話が今まで読み継がれてきたのは万人に共通して当てはまるメッセージがあるからでしょう。
    以下、印象に残った話をかいつまんで挙げます(テクストは社会思想社のもの)。


    ■ねずみと象
    「自分を相当な人物と思う人間は、フランスにざらにいる。/かれらはもったいぶった風をするが/しばしば一介の町人にすぎない。/この風潮こそは、まさにフランスの癌だ。」

    という前書きから始まります。あるところで、ねずみの中の一番小さいものが、象の中の一番大きいものを見て、象ののろい歩き方を冷笑しました。しかし象は巡礼に向かう家族を載せ、見る人の感嘆を集めています。
    これに納得いかないねずみは、占める場所の大小によって重要性の大小が決められるのか? 私は小さくとも、その価値は象よりも少しも小さくはない、といいました。最後には以下の文章が並びます。

    「かれには言い分がもっとあったはず。/しかし、猫が籠から飛び出して/たちまちに思い知らせた、/しょせん、ねずみは象ではないことを。」


    ■狼と狩人
    金を蓄積しようということを唯一の命題とする心を非難して以下の文が続きます。

    人間はわたしの声にも、賢者のそれにも耳を貸さない。/かれは決して言わないのか? 「もう沢山だ、楽しもう」と。/「友よ。急ごう、きみもそれほど生きられるわけではない。わたしはこの言葉を繰り返す、一冊の書物にも値するものだから。≪楽しめ≫と」「そうしよう」「いつから」「明日から」。

    そして、狼と狩人の寓話が語られます。
    狩人は、鹿を射ました。そしてその子供が通りかかると、これも射ました。獲物としては立派なものです。
    しかし、一匹のいのししがまた射手の心を誘います。そして、いのししも亡き者に。
    十分すぎる財産ですが、これでも射手は満足しません。いのししが息をふきかえす間に、射手はしゃこを見つけます。先の獲物に比べたらつまらぬものですが、射手は弓を構えます。その間、いのししは、残りの力で敵を倒し、共に息絶えました。

    物語はこれで終わりません。
    通りすがりの狼がこの4つの死体が転がる光景に鉢合わせます。狼は大変喜びし、たっぷり四週間は大丈夫。2日後から始めよう、といいます。
    狼はさしあたり、腸でできている弓の弦を食べようとします。しかし、狼が弓に飛び掛ると、弦が緩み、その矢は新たな死者を作りました。

    「わたしは、本題に戻る。人は楽しむべきもの、その証拠には共通の運命に罰せられた二人の強欲者を思うが良い、/欲求が一人をほろぼし、/他方はけちで死んだ。」


    ■猫ときつね
    猫ときつねが巡礼の旅に出ました。二匹は口先上手の偽善者。旅費をごまかしたり、山ほど鳥を食べ、チーズをだましとり、競って元手をかせぎまくりました。
    しかし、長い旅程に倦きるもので、議論を始めます。議論は身近なものに及び、ついにきつねが猫に言いました。
    「きみは非常な利口者というが俺ほどの物知りか? 俺の知恵は袋に百も入っている」。
    猫はこれに対して「こちらの頭陀袋には一つきりさ、でも、そいつは千にも値すると言い切れる」。
    二人が再び争って議論を始めると、猟犬の群れが襲いにかかってきました。猫はさっと木に登りました。きつねは百の術策を用いますが、どれも無駄。最後には猟犬の餌食になっていました。ラ・フォンテーヌはこの寓話から次の教訓を引き出します。

    「あまりの策は、ことを仕損じかねない。/選択に時間を失い、試みに追われ、ためしてみるだけが関の山。/一つだけを、最良のものを一つだけ持とう。」


    このような面白い話が幾つも納められています。
    面白いし、短く読みやすくて、長い小説をじっくり読むことがちょっとおっくうになった僕のようなものにはぴったりです(生活が不規則で、やること・やりたいことがたまっていると毎日決まった分量をテンポ良く読む、というのはしにくくなりますね)。
    またラ・フォンテーヌの寓話は、話に加え、その挿絵が魅力。
    僕の読んだ本の挿絵として使われている、ギュスターヴ・ドレを始め、マルク・シャガールやギュスターヴ・モローなど数々の画家が寓話に基づく絵を残しています。
    ドレは、動物を擬人化・ディフォルメせず、写実的に描いてるのに、全然つまらなくなってません。上は、「ねずみの会議」の挿絵ですが、リアルなねずみに少し人間的な仕草を加えるだけで、見事な世界観をつくっています。

    最近ではベスト・ヒットな本でした。内容が内容なので、同年代の人に積極的に奨める、っていう本ではないですが、多分、そこいらの本よりはためになる本。説教も寓話からあれこれ、とされていたら僕も少しはまっとうな人間になっていたかもしれませんね…。
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