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  • 「ロダンとカリエール」展 国立西洋美術館


    特別の親交があった、彫刻家オーギュスト・ロダンと画家ウジェーヌ・カリエールにスポットをあてた展覧会。このような企画は初めてらしく、特にカリエールを扱った辺りに、確かに目新しさがあります。芸術家同士の親交と相互作用は、良く論じられるところであるので、このように明確にテーマを絞って、見られるのは良いことだと思います(最近では、モネ、ルノアールに焦点をあてたものがありました)。プラド美術館展のような人の入りはなかったけれど、相対的な価値は、こちらの展覧会の方が個人的にはあると思うので、これからもこのような展覧会が増えてくれることに期待したいです。

    第一から第五までのセクションに分かれていて、各セクションは、彼らの交流、扱った主題ごとに明確に分けられています。階段降りて直ぐのビデオコーナーで一通りの流れを確認して見ると、一段と理解しやすいです。

    第一、二セクションでは、二人の交流にテーマが与えられていて、ロダンによるカリエール像、カリエールによるロダンの肖像や、「ロダン展」のためのカリエールによる挿絵、ロダンによる「ウジェーヌ・カリエール記念像」など、深い親交を物語る作品が集まっています。




    第三セクションから、見所となるものが多くなってきます。この章では、二人が共通して扱った人物画、像が取り上げられています。
    カリエールでは、「ギュスターブ・ジェフロワ氏の肖像」(上図)が注目されます。カリエール独特のモノトーンから少し離れ、この作品では、肌や唇などに色彩が入ってきます。そして、対象の内面まで写そうとする豊かな表現力は見事です。緊張感のある表情、奇妙に交差した手などは、何ともいえない雰囲気をつくっています。
    解説や作品を見れば分かる通り、カリエールは象徴、思想を大切にする画家であり、無駄なものは一切描きません。対象そのものをどう表現するかのみで、その内面性までに迫ったものを表すという志向や技術にはかなり共感を覚えます。




    第四セクションは、両者の象徴主義について。
    一、三のセクションを除いては、ほとんどが象徴主義に還元されるような作品ばかりですが、ここでは特にロダンの「最後の幻影」(上図)やカリエールの「母性」の主題を扱った作品に焦点をあてているようです。カリエールの母の接吻などの作品は、他にもより完成されたものもあるので、もっと多く見たかった感は残りました。ロダンの「最後の幻影」は、レリーフ的な作品で、さらにカリエールと並べられていて、その意味で絵画のようにも見えました。

    第五セクションでは「ロダンとカリエールを結ぶ糸」と題されていて、また主題の問題に立ち返ります。ユゴーの作品に関するものや、デッサンやトルソという習作からも共通点を読み取ります。
    カリエールの縦長の大作の三連画「道行く人々」「もの思いにふける若い娘」「思索する若い女性」は110年ぶりに並べられているということ。巨大なキャンヴァスに人の全体像を描く作品ですが、やはり他の作品とは違って背景の絵肌にも気が配られていて、カリエールの制作過程を想像するにも面白いです。大体は、かすんだ茶灰色の画面を作ってから、対象をそれに白を混ぜた絵の具で描いている(もしくは背景と対象ほぼ同時進行で描いている)のだと思いますが、まるっきり同じような描き方にみえても、それぞれに微妙な絵肌のつくりの違いなどもあるので、絵をかじっている人は絵画技法にも注目してみても良いかもしれません。

    ロダンとカリエール展のレヴューは以上ですが、かなり久しぶりの国立西洋美術館ということもあって、常設展も見てきました。ナティエ、ミレー、カロリュス・デュラン、ミレイなどの、おそらく見ているだろうけれど「こういうのもあったんだ」という発見もあったので、定期的に見たいと思います。エスカレーターも広くなってたりして、本当に長く西美には来ていなかったと実感。
    また、常設展フロアでは、「芸術家とアトリエ」という題で版画作品展もやっていました。ブーグローなどの興味のある画家のアトリエ訪問記を見られて面白かったです。
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