芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
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  • 「企業の社会的責任」と道徳性のイメージ
     ここ十年で、「企業の社会的責任」という言葉で、企業の社会での役割が問われるようになった。確かに、公害問題から企業の反社会的な行為が糾弾され始めたが、明らかに、今の「企業の社会的責任」は、それらの問題と異なった様相を見せている。この背景として、市場がグローバル化し、企業のブランディング力がより重要になったことがあるだろう。製品が世界市場で受け入れられるためには、企業に対する良いイメージが不可欠である。例えば、欧米では、人種差別的、環境破壊的な企業の生産活動が不買運動に繋がるなど、人や環境に配慮しない企業の利益追求のあり方が否定される事例が多くあった。このために、企業は、ただ法令に則り経営すること以上に、雇用の幅を広げたり、環境保全のボランティアをしたり、文化事業のスポンサーになったりと、利潤に反しても、社会貢献をするようになってきた。
     ここで見られることとは、イメージでの企業価値の創出といえる。環境保全、情報開示、自由化などの流れに逆らわず、相次ぐ不祥事で募る市場への不信感を払拭し、利潤を確保するためには、今までの消極的な責任でなく、積極的な責任を掲げ、自らアピールし、道徳性というイメージの企業価値を得ていくことが重要である。企業がその役割を自ら拡大し、社会道徳というものを体現することで企業価値を増す、というスタイルはさらに広がりを見せるだろう。
     この流れを見ると、社会の道徳規範(パラダイム)の価値を凝集することが、人々に対して集合力を持って働くという側面が如実に見て取れる。個々人が環境問題などに問題関心を持っていようが持っていまいが、環境に優しいその商品は、一般化された善なるイメージを以ってして彼に働きかける。いわば社会的価値を付与されたイメージとしての商品は、消費の原理さえ崩す力を持っている。つまり、同じ性質、機能を持った製品が複数あるならば、一番廉価なものが売れるという原理を崩し、その善なるイメージによってより高価なものを買わせる力である。
     このような小考察でも、人間は、市場原理に忠実に動く経済人(ホモ・エコノミクス)というよりも、より社会道徳に適合的に生きる、もしくは社会道徳に規制される存在であることは容易に見えてくる。このことを当事者となる産業界が意識してきたからこそ、現状の「企業の社会的責任」は広がりを見せているのだし、実際に消費者に対して機能しているといえる。
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    コメント
    この記事へのコメント
    いいね、この題材!ただ、常に道徳的であることが前提で、ホモ・エコノミクスなんではないか?
    2006/04/21(金) 10:48:20 | URL | つちつち #-[ 編集]
    だいたいにおいて、経済の原則すべてを実社会で貫徹するのは無理だよね。それを新しいスタンダードに出来るようなカリスマがあれば別だけれど(実際、彼はおしいところまでいったかもね)。そういうことで、もの一つ買うのでも、道徳や世論といったマクロなものにも、他者の視線といったミクロなものにも知らずの内に影響を受けている。そういうことで、やはり人間は「社会的」であると言わざるを得ない。と思うわけです。
    2006/04/21(金) 11:19:16 | URL | webcat #-[ 編集]
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