芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
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    チェーホフの戯曲
    戯曲ということで、若干敬遠していた感もあったが、四大戯曲『かもめ』、『桜の園』、『ワーニャ伯父さん』、『三人姉妹』を読んだ。
    どれも家族関係を基軸とした場面設定がなされていて、いろいろな感情のやり取りが交錯し、無造作に何ともいえない混乱、対立、停滞、悲哀、悲劇…が転がっている。
    さらに、果されない、実現しそうもない、はかない期待や希望が物語全体の基調を彩っている。
    『かもめ』を除いた三作は或る程度共通したメッセージ、構造が読み取れる。

    チェーホフは小説では突き放した結末で現実のやりきれなさをありのまま提示するようなことも多いが、『ワーニャ伯父さん』、『三人姉妹』では、悲劇的結末の中にも、新たに生まれる意志やかすかな希望を残しているのが印象的に感じた。
    確かに、どんな状況に陥っても、何かしらの選択や環境は残されているわけで、その中で甘んじながらも生き抜いていかなければならない、というもっとも考えられる現実の表現にもなっていると思う。
    『ワーニャ伯父さん』は、読み返してみてもいい。
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    新美で貴婦人と一角獣展が開催予定
    パリのクリュニー美術館所蔵が所蔵・公開する有名なタペストリー、「貴婦人と一角獣」6枚すべてが来年2013年4月から国立新美術館で展示されるとのことです(国立国際美術館にも巡回予定)。

    パリに行ったときに、クリュニー美術館に立ち寄って、このタペストリーをみたときはかなり衝撃的だったのを今でも覚えていますが、これが日本に来るというのは嬉しい半分、複雑な気持ちでもあります。
    というのも、このタペストリーが同美術館と≒で結ばれるような、象徴的かつ最重要な作品だからです(荘厳な専用の展示部屋もあります)。
    保存の問題もあるし、よくこの企画展ができたなと感心しますね。
    企画を知った瞬間、あークリュニー美術館も長期の改修閉館に突入かー、と思ったのですが、公式HPを見るとそうでないようです。

    それにしても、クリュニー美術館は中世美術館と公式にも二つの名前が併記されますが、今回の展覧会情報などを見るといつの間にか、まとめて「クリュニー中世美術館」と日本語表記するようになったんですね。
    公式HPは双方のページが混在していて統一感がない状況なのも面白い。
    シャルダン展-静寂の巨匠 三菱一号館美術館


    18世紀フランスのアカデミー画家、ジャン(=バティスト)・シメオン・シャルダンの回顧展です。
    シャルダンというと、赤エイの静物画、特徴的な自画像、静物その他と、あまり広がったイメージがなかったわけですが、今展は、シャルダンの画業を追い、作品の幅、魅力を知るのには最適な機会だったと思います。
    ボリュームの面では一時間強もあればじっくりと見てこられるものであり、展示スペース、鑑賞客の面でもゆったりしていたので、気負いもすることなくさらっと見てこられるのも良いと思います。しかも、大半が日本初公開となる作品であるというのもポイントです。画家としては寡作な方であることも考えると、日本にいて40作品ほどを一度に鑑賞できるというのも貴重なわけですが。

    画題はもちろんですが、色数、色調、画面構成などに関してもかなり抑えた簡素な作品が並びます。甘く華美なロココの時代に活躍しながらも、一貫してこのスタンスをとって作品を作り続けたというのも非常に興味深い… 
    シャルダンの静物画は、銀器や果物、花などが満載され、画家の技術の高さを誇示するような作品とはまったく次元を異にした趣をしており、何かに阿ることのない、統一された高い精神性を感じます。それぞれの対象の質感などの再現度は高いとはいえませんが、程よいタッチの塗り重ねや明暗調整によって、全体的なバランスをもって、物体の存在感が主張されていることが分かります。一つの様式美のある静物画として評価されるのも首肯できますね。

    風俗画については、フランドル絵画の影響を受けていると解説されていますが、それに引っ張られているのが明白というべきなのか、人物のデッサンの不正確さが気になってしまいます。ただし、風俗画、人物の方が、概して筆が細かく入っており、質・量感の表現は高いといえます。(完全な同時代人とはいえないですが)ロココ様式の風俗画家としてのグルーズの作品などと対比するのも一つの見方かと思います。

    ドビュッシー、音楽と美術 ブリヂストン美術館


    オルセー、オランジュリ美術館の共同企画の、クロード・ドビュッシー生誕150周年を記念しての展覧会です。ブリヂストン美術館はオランジュリ美術館にて開催された同名展の日本会場となっています。
    ブリヂストン美術館に赴くのは相当に久しぶりでした。これからも数年に一度はこういった企画展が開かれればいいなと思います。

    作曲家の展覧会ということで、それだけではあまり面白そうではないと感じるわけですが、ドビュッシーに関してはそれが全く当てはまりません。
    日本展の副題が「印象派と象徴派のあいだで」となっているように、ドビュッシーはラヴェルなどとともに19世紀の印象主義の流れに位置づけられているし、印象主義、象徴主義の画家、文学者などとも直接の交流を持って影響を受けた音楽家です。また、こういった幅の広い交流と彼の音楽をもって、単に印象主義とカテゴライズするのではなく、もっと多義的な解釈をしようとする試みを一つの主題とした展覧会になっていることも重要です。

    展覧会の意図しているところから、ドビュッシーの博物館的な展示に終わることなく、多くの切り口をもった章を連ねて、鑑賞者に包括的、多面的なドビュッシー像、あるいは19世紀フランスの美術/音楽のつながりを展示しています。
    大作や有名作がずらりと並べられているわけではないので、取っつき易さや分かりやすい見どころがあるとはいえませんが、音楽・文学・美術・工芸などの相互の結びつき、インスピレーションの与え合い、そして芸術家同士の交流・サークルといった面は、こうした総合的な企画展ではないと味わえない、ユニークな見どころであると強く感じます。さらに、ジャポニスムとフランス美術・音楽との繋がりも同様に着目すべき点です。通底する精神性、感性は、やはり日本人だからくみ取れる部分が大きいはずです。

    ブリヂストン美術館のコレクションの存在感も効いているのも日本展の特色なのかと思います。重ねていいますが、展示の幅がとても広い企画展なので、19世紀末のフランスの文化を俯瞰するものとして、面白く、深みのある展覧会になっていたと思います。
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