芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
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  • エル・スール


    1983年にビクトル・エリセ監督の同名映画の原作となった中編、とのことですが映画は見ていません。
    物語の舞台はスペインで、タイトルのエル・スール=南は、語り手の少女の父親の暮らしたアンダルシア地方のセビーリャを指しており、娘・父との心的関係の中で象徴的な意味が持たされています。

    物語は、全編通して語り手の少女・アドリアナの独白という形になっていますが、それが亡き父親への語りかけという一種異様な体裁をとっており、読者は少女の語りから少しずつ見えてくる小片をつなぎ合わせ、物語の世界をイメージするという役割を負わされています。
    アドリアナの家族や家の状況、そしてキイとなる父親、さらに彼女自身でさえも、まだ十いくつの少女(それも「ノーマル」はいえない少女)の独白から徐々に広がりを見せ、読者のなかでかたちづくられる、というのも面白く、淡々とした語り口ながら引き込まれてしまういます。
    亡き父親は魔術師のような存在であって、今でもアドリアナの精神世界の大きな支柱となっていることはすぐに分かるのですが、ただ単に父親への慕情(ある種の崇拝)が連なっていくということには終わらず、重層的に彼女の父親に対する感情が紡ぎ合わさり、その複雑さ・アンビバレントさが物語に独特の影や深みを生んでいきます。この語り口や情景描写などは本当に作者の感性の高さがうかがい知れます。

    中編ということでライトに読めてしまう作品ですが、モノローグの中に少女の精神世界を覗くような感じで、読み終えた後はちょっと非日常で不思議な心持のする小説になっています。
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    再び閃く
    「るろうに剣心」が、テレビアニメ15周年の記念企画としてPSPにてゲーム化します。
    その名も、『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚- 再閃』です。
    普通に格闘ゲーム(アドベンチャー要素もあるっぽい)みたいですね。

    るろ剣企画としてはかなり久方ぶりのものなので、PSP持ってないですが、素直にうれしいです。
    もう一世代前の作品なわけですが、こうして、まだ企画が通って、実際にプレーされていく、ってことですので。

    ゲームとしてはPSで「維新激闘編」、「十勇士陰謀編」、PS2で「京都輪廻」が出ています。
    自分はどれもやったことがありますが、「維新」がバーチャファイター系のポリゴン格闘、「十勇士」が正統RPG、「京都」が無双系のアドベンチャー、っていう感じになっています。
    今回の「再閃」はPVみるところ、「京都輪廻」の対戦環境やヴィジュアルを引き継いで、格ゲー化したようなイメージですかね。おそらく技はコマンド入力式なんだと思います。
    特筆しなければならないのは、初めて全編キャラが登場する、ということで、登場キャラもかなり細かくフォローしていることです。
    雷十太、十本刀全般、操あたりをきちんとプレイキャラ化しているのが素晴らしい。
    また、システムもきちんと正統格ゲー化されており、超必ゲージ、各種ジャンプ、ガードキャンセル行動、エリアル(空中コンボ)があるみたいです。

    外野としての意見をいわせてもらうと、キャラ理解があんまり深くないなあ、ってところですか。
    左之助は斬馬刀装備しているみたいですが、剣心との戦い以降は斬馬刀を捨て「斬左」からただの「左之助」になったわけなので、常備しているのはおかしい。出すのなら裏キャラで「斬左」をつくるべきだったと思います。
    続いて、弥彦です。弥彦は、奥義刃止め・刃渡りが通常必殺技に来てて、なぜか「見様見真似龍槌閃」が超必になっています。弥彦は神谷活心流の剣士だし、奥義はギリギリのラインで習得・実戦使用できたものなので、扱いが逆かなと思います。奥義は超必にして、全技とれる当て身技とかにしてほしかった。
    他もコメントはありますが、これくらいにして終わりたいと思います。技名が原作に出てこないキャラは、「十勇士」の原作準拠しないような技ラインナップが何気に良かったので、そんなふうにしても…と思いますね。

    ともかくも、るろ剣の久々のコンテンツが発売する、ということなのでプレーはできないかと思いますが、期待して見守っていこうかと思います。
    個人的な願望は、SNK(プレイモア)で2D格ゲー化、ですね…
    『ジェレミーと灰色のドラゴン』


    『ジェレミーと灰色のドラゴン』
    アンゲラ・ゾマー・ボーデンブルク 著
    小学館,2007

    ちびっこ吸血鬼の作者の新作長編ファンタジーということで、手に取ってみた作品です。
    このブログでは同作者の「ちびっこ吸血鬼」や「ティモと沼の精」を紹介してきましたが、今作は、ずっと流行りな設定を取り入れており、ファンタジー色の強い冒険ものに仕上がっています。

    物語は、主人公ジェレミー・ゴールデンが、使者フィンレーの要請によって、色彩が失われ全てが灰色の国・グレーランドに、再び色を取り戻すべく奮闘する、という流れで進んでいきます。設定は簡単にいえば、実生活に問題をかかえ上手くいっていない少年が、ある日突然ファンタジー世界に誘われ、そこでの困難を乗り越え成長していく、という定型をとっており、若干ありきたりでご都合主義的な面はありますが、落ち着いて物語の世界観を楽しめるかたちにはなっていると思います。
    グレーランドと、そこに住む謎の少女アイヴィー、そして最後に辿り着くスカイシティの歴史、と物語が進むにつれて、色の失われた理由が回収されていくのはうまくできているし、精神世界や象徴として伏線が収斂されていくのかと思いきや(子供をさらう「白い恐怖」とか出てきたときは…)、きちんと結末を明示的に描いている点は面白いと思います。それなので、最後は(「ちびっこ吸血鬼」と同じく思い入れのある)「ふしぎの海のナディア」と重ねて読んでしまったりもしました。ガーゴイルや王家血統に似た設定が…。
    ということで、個人的には、「はいいろの国のジェレミー」でしたね(実際ドラゴンはサブキーですし)。

    ファンタジー世界のつくりこみは結構面白いものがいくつもあるんですが、如何せん、回収しきれていないものがあるので(1章がさかれているノーマンズランドやその他動物系のキャラクターなど)、上手く膨らまして上下巻にするか、瑣末的なのは端折って主線を充実してほしかった感は残りました。
    あと気になったのが、登場人物があっさり死んでしまう描写が多いことです。しかも主人公がその死に直接関係していたりします。あんなに多くの吸血鬼が登場しながら死人一人でなかった「ちびっこ吸血鬼」とは打って変わったシリアスさはちょっと驚きでした。

    挿絵はぺテル・ウルナールというスロヴァキアの画家によるものです。ファンタジー、それもグレーランドという設定にかなりマッチした独特の絵でかなりいいと思います。
    限定された合理性
    ハーバート・サイモンの理論に「限定された合理性」というものがあるみたいですね。
    かみくだくと、ホモ・エコノミクス的な観点で合理性を最大化しようとしても、それを行うフィールドがリアルな人間社会である以上、合理化に適応できない/ついていけない部分があるから、結果して限定された合理性しか達成できない、ということでしょうか。
    つまるところ、十分な効用が得られるレヴェルの合理化というのは、合理性の徹底化ではなく、ある程度の合理性が担保された「満足化」になる(ならざるをえない)ということとされます。

    図式化すれば、社会学や社会心理学あるいは人間行動学で描かれる人間の非合理的な側面を、経営の諸理論に織り合わせたものと簡単にいえるのでしょうが、経営や組織についての理論の中に早くから人間性・社会性に着目したものが確立されいたというのが興味深く、取り上げてみました。

    実社会の合理化というのは、計量的ないくつかの関数によってなりたっているのではなく、人間の持つ非合理的な要素も関数になってくるから、それらをひっくるめた最大化が「満足化」になるってことで、その不確定な要素を扱う社会科学もいってみれば実学である、とまとめることもできます。