芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
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  • 金刀比羅宮 書院の美 ― 応挙・若冲・岸岱 ―  東京藝術大学大学美術館


    円山応挙、伊藤若冲、岸岱らによって描かれた金比羅宮の襖絵を見せる展覧会。
    非公開の作品を見ること自体が貴重ですが、それがこれほど多く、また空間再現をして見られることもあり、とても満足な展覧会でした。
    週末に行きましたが、激混みを予想していたものの、雨のせいか、ゆっくり見られたのは本当に良かったです。空間表現がひとつの重要な要素であるので、かなり混むようでは趣が楽しめないなと思います。
    若冲とあると人が集まるのかもしれませんが、間違いなく応挙が見所の展覧会です。
    また襖絵の他、絵馬も展示されており、独特な雰囲気があります。

    ■円山応挙「鶴の間」
    鶴の羽は、簡素な線で表現されている一方、足は細かく表現されています。飛翔する鶴の連なりなど、優美な空間。
    ■円山応挙「虎の間」
    墨と金でもって描かれており、荘厳さを感じます。虎を直接見て描いたということではないので、応挙のデッサン力を見る作品ではなく、虎は前足に関節が通っていないような感じです。しかし、全体としての見せ方、それぞれの虎の迫力はものすごく、「虎の間」の緊張感が伝わってきます。体毛の表現も細かく丁寧に仕上げられています。

    ■岸岱「柳の間」、「菖蒲の間」
    岸岱は初めて知った画家ですが、デッサンの確かさや緑の深さが印象に残りました。
    「柳の間」で描かれている、柳の連なりの緻密さは見事。
    「菖蒲の間」も、菖蒲や鳥のデッサン力が目を引きます。「菖蒲の間」は、保存状態がもっと良ければ、かなり良い作品だと思います。

    ■邨田丹陵「富士二の間」
    邨田丹陵は明治の画家。「富士二の間」は源頼朝の鹿狩りの場面が描かれています。
    全体を見渡して、絵を準備するだけでもかなりの時間がかかっている、と思わせるヴァリエーション。武士、馬、鹿の躍動感には感嘆。淡く、それでもって力強く表現された空間だと思います。静の「富士一の間」とは対照的です。
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    プラハ国立美術館展 Bunkamura ザ・ミュージアム


    ルーベンスやブリューゲルに関する絵画を主に、チェコのプラハ国立美術館所蔵の約70作品を展示する展覧会。

    最初に全体を通しての感想をいうと、「これ」という注目すべき作品が少ない印象を持ちました。関連作品といえる、工房、帰属、複製作品が多く、また真筆であっても完成度の高いものは少ないように思います。
    フランドル美術の展覧会ですが、昨年行った「ウィーン美術アカデミー名品展」(損保ジャパン東郷青児美術館)と比べると、やや見劣りするのは明らかです。フランドル絵画、17世紀バロックに興味のある方が行くには十分だと思いますが、大家の代表作を求めて行くと少し思い違いがあるかもしれません。

    最初のセクションは、ブリューゲル・ファミリーの章。ピーテル・ブリューゲル(子)の小品が目立ちます。ここでは、無名の画家のものですが、「バベルの塔」(上図)が良かったと思います。青い空に、三点透視図法的にバベルの塔が聳え立ちます。ディテイユもしっかりしています。

    ルーベンスの章、肖像画の章では、ファン・ダイクの作品が登場しますが、複製画あるいは簡素な絵であり、彼の、落ち着き払った、精緻な完成作は見ることができません。

    花と静物の章では、この展覧会の扉絵である、ヤン・ブリューゲル(子)帰属の花卉画がありますが、(父)の作品を見ていると、それには遠く及ばないことが分かります。構成も塗りも甘い感があります。
    この作品よりも、隣のダニエル・セーヘルスの花卉画の方が上手い。植物学的な精緻さやシックなまとまりがあり、より引き込まれます。
    その他では、ヨハン・ルドルフ・ビースの「鳥のいる風景Ⅰ」が良かったです。鳥を集めた図鑑的絵画はいくつか見てきましたが、この作品は、上手い場面構成によって、それが必然的に持つ過剰演出が緩和されており、なお且つ、生物学的正確さ、陰影表現に長けています。

    最後の「日々の営み」と題された章は、それ以外の作品のまとまり、といった感で、統一感はなかったです。「アントワープの大聖堂内部」という作品が、フランドル絵画の細密性を示す作品だと思いますが、人物の塗りが弱く、背後のものが透過してしまっています。
    ペローの昔ばなし


    古今論争で知られる、17世紀フランスの詩人、シャルル・ペロー(1628-1703)による童話集。
    この前、「ラ・フォンテーヌの寓話」を読んだこともあり、同時代のフランス古典主義文学の作家、ペローの童話も読んでみようと手に取りました。また、「ラ・フォンテーヌの寓話」同様、ギュスターヴ・ドレが挿絵を手がけているのも大きな理由です。

    童話集は、散文で書かれる文章のあとに、韻文で簡明に「教訓」が書かれる構成になっています。
    物語は、ヨーロッパの民間伝承をペローがわかりやすくまとめたもので、もちろん、ペローの完全なオリジナルというわけではないですが、ペローによって面白くつくられた部分もあり、「ラ・フォンテーヌの寓話」と同じく、そこから人生の「教訓」が引き出されているのです。
    そういうわけで、ペローの作品は、後にドイツで出版されるグリム童話と重なる作品もあり、「赤ずきん」「サンドリヨン(シンデレラ)」など皆が親しんだ作品がほとんどです。
    ペローとグリム、それぞれの相違点があり、また違った側面から読んでいる感じです。結構前に流行った『本当は恐ろしいグリム童話』も思い起こしました。

    収録作品(白水社 今野訳)は、「眠りの森の王女」「赤ずきん」「青ひげ」「長ぐつをはいたネコ」「仙女」「サンドリヨン」「まき毛のリケ」「おやゆび小僧」。「仙女」「まき毛のリケ」「おやゆび小僧」は初めて知った作品でした(「おやゆび小僧」はいくつかの物語の要素が混ざっている様子)。

    個人的には「長ぐつを~」が一番面白かったです。知っている話ですが、ペローの語り口と、上のピクチュアのようなドレの描く猫で、とても面白く読めます。この物語の教訓では、青年にとっては、大きな遺産よりも、才能がより価値があるということ、「もうひとつ」、着物や顔立ち、若さが優しい気持ちを起こさせるのに、「まんざら役に立たないものではない」ということがいわれています。現代にも普通につながる教えです。
    「赤ずきん」は、グリム童話などでは、赤ずきんは最後助かりますが、ペロー版だと食べられたまま終わってしまいます。オオカミ(もちろん、人間のなかのオオカミ)の怖さや、あやまちの取り返しのつかなさを冷徹に提示しています。
    逆に、愛の大切さをうたう「まき毛のリケ」のような温まる作品もあります。
    また「おやゆび小僧」には、「このきこりも、正しいことをいう女の人はたいへんすきでしたが、いつもいつも正しいことをいう女は、うるさくてがまんできなかったのです」という一節があって、面白かったです。

    そして、挿絵をを手がけるドレですが、うっそうと茂る森林の描写、コミカルで表情豊かな人物、動物の描写はここでもいかんなく発揮されています。ペロー童話にはいくつも挿絵があるわけですが、写実的でありながら、個性豊かな趣を見せるドレの版画をおすすめしたいです。
    また、作者の問題、物語の背景など興味深い点も多くあるので、ぞれぞれの訳本の解説などを読んでみると、いっそう理解が得られると思います。
    モーリス・ユトリロ展 モンマルトルの詩情 三鷹市美術ギャラリー


    エコール・ド・パリの画家であり、波乱にとんだ女流画家シュザンヌ・ヴァラドンの息子である画家、モーリス・ユトリロの展覧会。
    ユトリロの作品は、見る機会があっても2、3作品ごとで、ほとんどまとまって見たことはありませんでした。
    それなので、これだけ作品があるのを見るのは驚きでした。作品は、日本、スイス、フランスなど各地から集められています。30点以上が日本初公開とのこと。三鷹市美術ギャラリーももっと宣伝した方が良かったのでは、と思いました。

    構成は、1910年台から晩年の作品まで、年代順に並べるという分かりやすいもの。ユトリロの場合、画題は変わらないし、年代ごとで様式が分かれるので、作品ごとの対比ができます。

    ユトリロのイメージとなる、モンマルトルの白壁の建物を白いトーンで描いた「白の時代」近辺の作品がつくりこんであって、やはり良い印象を持ちました。
    「ノルヴァン通り」(1910、名古屋市立美術館)は、建物の他、道路、空を含めて白の基調での統一感があり、色の表現、マチエールが面白いと思います。ノルヴァン通りを書いたものは、同じくらいの大きさ、構図のものがもう2枚ありましたが、この名古屋市立美術館のものが気に入りました。
    その他、壁のマチエールが良く表現されたものは、「サン=ヴァンサン通り」のシリーズです。1914年、1919年の作品がありましたが、ともに大胆な構図で、手前の画面を大きくしめる白壁が、朽ちている質感を良く出して描かれています。このような微妙な色の塗り重ねは見ていて飽きません。
    「郊外の通り」(1912)というスマートで綺麗な作品もありました。このような構図、色彩、タッチとも整理されたのは展覧会の中でも珍しかったと思います。

    1920年代からの色彩の時代に入ると、空や木、人物が画面に色彩を持って登場します。
    この時代の絵を見ると、白の時代が持っていた趣や作りこみ感が薄れていっているように思います。
    空は、青く描かれますが、水色に加え、ウルトラマリン系のブルーと、紫が混在し、奇妙なグラディエーションをつくっています。明らかに、現実世界の空を描いたものではないでしょう。
    そして、人物ですが、ほとんど棒人間のような描き方で、女性はひどく骨盤が広がって描かれています。デッサンの不確かさは、彼の主題のあり方からきているのかとも思いましたが、人物をこれだけ画面に配しているのに、そのかたちにあまり関心がいっていないのは少し疑問に思いました。女性の下半身を強調した描き方は、彼の信仰する母親とジャンヌ・ダルク以外の女性への嫌悪からきている、との解説もありました。
    色彩の時代は、ヴァリエーションとしては楽しめますが、壁を全面におした大胆な構図や、そこで表現された複雑な色使い、マチエールが見出しにくいのは、「白の時代」と比べて見劣りするところかもしれません。もちろん、彼の画家としての状況、環境の異常性もあるので、美術史的なアプローチをして見ると、より深く理解できるのだと思います。

    東京展はもう終わりですが、各地を巡回するようなので、これだけの作品を見るめったにないチャンスをいかすことをおすすめします。
    ちびっこ吸血鬼は…


    このブログでも数回にわたって紹介している『ちびっこ吸血鬼』シリーズですが、今回は、『ちびっこ吸血鬼』その後について。
    日本の翻訳では、『ちびっこ吸血鬼』シリーズは16巻で終わっています。しかし、作者のアンゲラ・ゾンマー・ボーデンブルクはその後もシリーズの刊行を続けていて、本国ドイツでは19巻まで出版されています。そして久しぶりに作者HP見たら、2008年には、なんと20巻が出る予定とのこと。
    まさに、これは…(!!)、という展開。オリジナルでは普通に現在進行形で続いているのは、驚きであり、ちょっとショック。
    16巻「完結」の邦訳単行本に続刊を足すのが良いのかは、ドイツの17巻以後の展開が全く分からないので議論できませんが、でも作者は続けているという1点において、読んでみたいというのはファン心理でしょう。

    これに関して詳しい情報を得ることができなかったので、問い合わせてみました。
    予想通り、17巻以降の刊行予定はないとのこと。しかし担当者の方にはいつか出版できたら、という思いはあるそうで、もし出版するとなったら、やはり『リトルバンパイア』シリーズでの刊行になるだろう、ということでした。
    おそらく、関係者の方は出版したいという気持ちは大いにあるだろうし、また僕のようなファンが思いを伝えているだろうし、将来に期待したいです。
    ただ、読みたいなら、ドイツ語翻訳して読めば?という方向もありますが、それにはまったく賛同できないのです。川西芙沙訳、ひらいたかこ絵で作品であるので。
    ということで事情が分かり、実現するにしても「本当に何年も先のこと」でしょうから、これからも心の片隅において、気長に待ってみたいと思います。
    1987年に始まったシリーズが完結したのが1999年で、またシリーズ名を変えて刊行中である『ちびっこ吸血鬼』。真の完結はいつになる?
    鏡の国のアリス


    この間、挿絵を見るついでに『不思議の国のアリス』を読んだので、その続編となる、『鏡の国のアリス』もまたついでと、読んでみました。
    物語を読むのは初めてですが、実は『鏡の国のアリス』は思い出深い作品で、子供のころ、この物語を元にしたクイズ・コラム的な本を読んでいました。この本は、鏡の国の基盤となっているチェスのルールブック的な要素もあって、これをきっかけにチェスをおぼえて、チェス盤も買ってもらった経緯があります。
    ということで、アリスというと、鏡の国というイメージで、テニエルの挿絵も子供のときの記憶にあって懐かしかったです。

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