芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
  • calendrier
  • 魔女の宅急便 その5


    『魔女の宅急便 その5 魔法のとまり木』が今月頭にようやく刊行されました。ウールリッチの後に書くのは、とも思いますが以下感想です。ネタバレを含みます。

    [魔女の宅急便 その5]の続きを読む
    スポンサーサイト
    コーネル・ウールリッチ


    コーネル・ウールリッチ(1903-1968)を取り上げたいと思います。
    ウールリッチは、アメリカの代表的なサスペンス作家で、長編では24作品を、短編では200を超える作品を残しているようです。題名に「黒」が入る、「黒」のシリーズなど、主にニューヨークを舞台にしたサスペンス小説を多く手がけています。またウイリアム・アイリッシュの名義でも作品を書いていて、『幻の女』など有名な作品を残しています。

    彼の作品を読んで心に残るものは、大都会ニューヨークの情景や人間関係の物悲しさ、暗さでしょうか。彼の空間描写や人間描写には、独特の影の部分がつきまとっているという印象で、清々しく終わるものはほとんど見当たらないといっていいです。
    この点に関して、ウールリッチの生い立ちを見ると、必ず彼の孤独な面、つまりニューヨークを拠点に母親とホテル暮らしを一生続けたという奇妙な生活がクローズアップされます。確かに、このような側面を照らし合わせると、彼の陰鬱な表現は、ニューヨークを孤独に生き、観察する者の目を通したものとして、リアリティを持って感じられます。ホテル、バー、タクシー、地下鉄、スラムとさまざまな都市空間を越境しながら、彼の視点から、それらが持つ独特の雰囲気、人間模様が描き出されています。さらに、男性作家ということを感じさせることなく、女性の心理描写を上手くこなす点も特徴的です。
    このような彼の生涯や作品の読み解きについては、最近、『コーネル・ウールリッチの生涯』という大作が翻訳されたようなので、読んでみたいです。

    代表的な長編としては、やはり「黒」シリーズです。『黒衣の花嫁』、『黒いカーテン』、『黒い天使』、とどれも読み応えあるものばかりです。そして、アイリッシュ名義として『幻の女』。特に『黒衣の花嫁』を初めに読んだときは衝撃でした。お気に入りのR.レンデルやP.ハイスミスと違い、ダイレクトに迫ってくる怖さを感じました。逆に『黒い天使』はソフトな感じで、フーダニットものとして楽しめます。
    長編、そして短編にも言えることですが、およそ常識では判断できない、不可解、怪奇な事件が起き、それに巻き込まれた主人公を描くという設定が多いように感じます。ただの殺人などではなく、得体の知れない謎がつきまとう事件が、文明化の進んだ大都市で起こるというギャップと、そこに引き込まれたときの都会人の苦悩が描かれており、これらの要素がより切迫したスリルを漂わせているのです。

    そして、前述したウールリッチの孤独なホテル住まいを象徴する作品が、「ホテル」シリーズというべき?『913号室の謎(自殺室・殺人室)』と『聖アンセルム九二三号室』です。
    前者の『913号室』は中篇ですが、ホテル探偵ストライカーという、ウールリッチ作品には珍しいキャラクターが登場するミステリーです。これも、ありえないだろ?という謎がどのように解決されるのか、というところが見所です。
    逆に、『九二三号室』の方はミステリー、サスペンスというものではなく、作者自身は「エンターテイメント」としているようです。しかし、そんな単語からはほど遠い、まさに物悲しさ、暗さが表れている作品で、ホテルの一室の「生涯」が、悲惨な結末を辿る、数人の登場人物とともに語られます。内容、形式・表現とも彼の違った一面を見せる小説です。またこの作品は、発表前年に亡くなった、一緒にホテル住まいをしていた母親に捧げられています。

    短編はあまり多く読んでいないので、詳しくは紹介できませんが、個人的には長編よりも劣って見える、トリックとその解決にやや荒さが残る、という印象です。やはり短い分、大それた謎が消化されず、突飛な、安易な解決が示されるというような、中途半端に感じられる作品があります。もちろん、これが全てに当てはまるものではないので、これから未読の短編集を読めたらと思います。

    翻訳は主なものは、早川です。ただ、短編に関しては、創元と白亜書房が日本独自編纂のものを出しているようです。
    「ふしぎの国のアリス」


    評論社 2000
    ヘレン・オクセンバリー絵 中村妙子訳

    誰もが親しんだことのあるルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」。数ある版の中でも、この評論社のものを取り上げたのは、ヘレン・オクセンバリーの絵に魅かれたからです。

    アリスというと、テニエルの原画や、それを実写化した映画のイメージで、何となくアンティーク調で、クラシカルな趣が頭にありましたが、このオクセンバリー画は、それを敢えて無視して独自の世界をつくっているのが注目するところです。原画以外の有名な挿絵として、アーサー・ラッカムのものがありますが、こちらはかなり作りこんでいて美術的要素をふんだんに感じさせますが、オクセンバリーのものは気張った感がなく、より身近なアリスを描いています。

    とにかく、現代的な装いをしていて、アリスも青いワンピースをきた目の丸い少女の姿で描かれています。登場する多くの動物たちも、程よく擬人化されていて、リアル過ぎず、かつ動物的な要素も多く残されおり、親しみを感じます。チャシャ・ネコも、茶トラのデブネコという感じで、まったく「引きずられて」いません!
    水彩とコンテでつくる、やさしいタッチが良く、彩度も抑えられていて見やすいです。個人的には、マッド・ティー・パーティのところの挿絵が気に入っています。人物・動物だけ着色し、背景物は縁取りだけで残す処理も効果的に使われています。

    挿絵が多く、絵本としてオクセンバリーのアリスの世界を楽しめるのが良いです。おそらく誰が見ても、新しいアリスが見られると思うので、興味のある人は手にとって見て損はないはず。しかし、値段が張るのが難点です。あれば図書館で見るのが良いかもしれません。

    話としてのアリスも、通しでは初めて読みました。英語のできない児童、あるいは日本人には真には楽しめないなあ、と感じました。遊び心がふんだんに試されているのは分かりますが、これはやはり子供にはすんなり分からないでしょう。僕も、例えば、マッド・ティー・パーティの登場人物が、なぜ「三月」ウサギと「帽子屋」なのか、なぜヤマネは眠っているのかということも読んだ後調べて知りました。ウィキペディア等で知っておく必要があります。あと「もじり」ですね。個人的に一番面白かったのは、にせウミガメが受けたレッスン(lesson)が一日ごとに一時間減っていくものだった、というくだりでのグリフォンの説明(「それでレッスンとよばれるんだよ」「だんだんへっていく(lessen)のでね」)です。
    こういった趣向に凝っていて、全体的な内容はやはりあんまりないな、と感じました。でも最後のアリスが目覚めた後は上手くまとめていて読み終えた感が残ります。
    機会があれば他の挿絵も見つけてみたいです。