芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
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  • ENCORE 久石譲


    ジブリ映画を初め、様々なドラマ、映画の音楽で知られる久石譲のピアノ曲集。

    もののけ姫などの宮崎作品の音楽や、北野作品の音楽をメインとしたもので、一つの作品のサウンドトラックとは違うので、久石音楽を俯瞰するに良いですね。楽器もピアノで統一されていますし。

    ドラマや真剣ゼミナールのCMでおなじみの「Summer」から始まるのも印象的。この「Summer」の楽譜もおまけで付いてきて嬉しいですね。弦楽ヴァージョンにアレンジしても良さそうな感じ。

    もういうまでもないかと思いますが、久石作品は、実にメロディが綺麗な曲ばかりですね。それでいて、あまりロマン派的な盛り上がりを意識した曲調ではなく、落ち着いた上品な曲調をしています。
    この曲集では、夏をイメージした曲が目立つのも特徴です。

    他にも沢山の作品集が出ているので、そちらも同時にチェックするもの良いと思います。映画を見て、良いなと思ったら、少し曲自体をきちんと聴いてみるのも良いものです。

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    海がきこえる


    氷室冴子の小説をアニメ化したスタジオジブリ作品。
    ジブリというと、宮崎駿監督の壮大な作品が頭に浮かぶと思いますが、この「海がきこえる」も、作品のスケールこそ落ちますが、感動的な良い作品です。

    近藤勝也氏作画のシンプルなヴィジョンに、淡々と進むストーリー、そして歯切れの良いラスト。それに、映画にあった音楽。1時間と少しの中編アニメですが、本当にごてごてすることなく、さらっと出来上がっています。

    大学に入った主人公、拓が、吉祥寺駅で偶然、知り合いとおぼしき綺麗な女の人を見かける。こんなシーンから入って、物語は拓の高校時代へとさかのぼります。場面は、移って、海の広がる高知のとある町へ。
    拓と、その友人、松野はお互いを分かり合った本当の意味での親友で、そこへ都会からの転校生である里伽子が入ってきて、ストーリーが絡み合い始めます。三人の人間関係が微妙に変化していき、拓と松野の間も複雑なものになっていきます。
    とにかく、里伽子は田舎の洗練されていない高校生とは馴染めず、高飛車な態度をとって、周囲と距離をとるような、気の強い、過敏な女子高生。対して、拓は、一本気な性格で、良いと思ったことはとことん貫徹し、自分が悪いと思うことは許せないというような高校生。二人は、突っかかりながら、互いのことを徐々に認めていき、ついに一事件へと発展していきます。

    単純な高校生の恋愛話ではなく、微妙な相手に対する意識とその心理描写が特徴的な作品です。そして、最後には、三人の意志や関係がどうステップアップしていくかも、その過程を含めて主軸となってくるところです。本当に分かり合った三人の成長が描かれています。
    エンディングには「海がなれたら」という歌が流れますが、これも非常に綺麗で、繊細な曲。物語を閉めるのにとても良い効果を与えていると思います。


    『いちご同盟』『春のソナタ』 三田誠広


     日本の作家で、大衆に良く読まれている人に宮部みゆきや、村上春樹などいますね。そして、近年爆発的にヒットしたのに、『世界の中心で愛をさけぶ』とかありました。僕はこういうような大衆化した日本の作品は読みませんが、唯一読んだといえるものが三田誠広の小説です。

     中でも、この『いちご同盟』、『春のソナタ』は彼の代表的な青春小説。前者が中学生編、後者が高校生編と対をなすような作品です。両者に共通しているのは、人生の岐路に立った少年が、悩み、愛し、決意し、そしてこれからの人生を強く生きようとする姿が書かれていることといえます。
     それと、両方の主人公とも音楽にとても深く関わり、それをアイデンティティとしていること。中学生の主人公は、ピアノの先生の家に生まれ、将来音楽の学校を目指す、ピアノ少年。この作品は、初めからラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」が、主人公の愛する曲として度々、演奏されていきます。僕のラヴェル好きは、ここの影響もあります。
     対して、『春のソナタ』の高校生は、有名な先生についた、腕のあるヴァイオリニストで、父はプロのピアニストという家系。その父と主人公を結ぶ重要な曲として、タイトルも示唆するように、ベートーヴェンの「ヴァイオリンソナタ、春」がでてきます。
     どちらも、演奏される曲のイメージをとらえた表現が上手く使われていて、それが心理描写にもつながってくる効果は、絶妙です。やはりそれは、それぞれ核となる曲がもたらすものが大きく関わっていて、作品全体の基調を作っています。

     また、両方の主人公ともに、運命の出会いが待っていて、核となる女性とのやりとりが物語を進めていくことも大きな要素ですね。その女性の位置も、作品によって違うのですが、やはり、中学生の「僕」にとっては純愛といえるもの、高校生の僕にとっては、父との関係もあって複雑な想いといえるのもとしてそれらが表現されていきます。最後には、ヒロインとなる女性との決別がありますが、それがどのような形でなされていくかも物語の重要なところです。

     そして、両方の作品が、愛を扱ったものであると同時に、生(死)を扱ったものであるということ。単純な青春の1ページを刻む愛では終わりません。両者ともに、とても読むものに愛と繋がった、生や死の問題を突きつけてきます。青春小説の部類ですが、ここら辺はとても重いものを持っています。爽快な気分で読み終えることはできないような深いものを与えているのです。「春のソナタ」ではそれが顕著で、ここら辺は、少々読者の共感を呼びにくいようですが。

     少し、ネタばれな論評になりましたが、こんなことでは魅力を削ぐことはできない良い小説であることは確かです。多分、主人公と少し似たような過去の自分を見つけたりすることもあるかと思います。感受性が豊かで、その分心の揺れが大きいこの時期の少年、それも少し特殊な、周りからは陰鬱な、といわれてしまいそうな少年の姿を真に迫って描いた小説です。


    ゲント美術館名品展 世田谷美術館


     世田谷美術館は、初めて行ったのですが、駅から歩くと遠いですね。
    しかし、周りが公園で、良いところにあります。

     さて、ベルギーのゲント美術館からの作品による展覧会です。
     構成は、新古典主義、ロマン主義、レアリスム、バルビゾン派、印象主義…とセクションを12にも分けて展示していますが、そうするとやはり作品数も125とかなりの数になっています。

     ベルギーの絵画が主ですが、影響を受けたフランスの絵画をも取り混ぜて、各主義の流れを追える構成は良いと思います。ダヴィッド、ドラクロワ、シャセリオー、クールベ、諸バルビゾン派画家などです。

     とにかく作品が多かったので、気になった作品を絞って書きたいと思います。
     まずレアリスムのセクションで、ヤン=フランス・ヴェルハスの「お絵かき上手」という作品が素晴らしかったです(上図)。長テーブルに、お絵かきしている一番幼い子を中心に、それを見守りながら子供たちが並んでいるという、とても和やかな場面です。子供の表情など愛らしく表現できていて、人物表現だけでも十分魅力的なのですが、単調にならない構図と、テーブルは人物が反射して映る、シャンデリアは金属らしく光る質感、人物はそれらとは対照的に抑えて描いて、肌のなめらかな質感を見事に表しています。さらにタッチも繊細なうちに結構大胆な感じもあったし。
     次はバルビゾン派のセクションに入って、ドービニーの「バルビゾンの月の出」が印象的でした。暗い森が大きな筆の、勢いのあるタッチで荒々しく表現されています。全体的に暗い中に大きなうねりがあって、不気味なようで、ある種の生命力みたいなのを読み取ることができるような不思議な作品。
     印象主義では、クザヴィエ・ド・コックという人の「羊がいる風景」が印象主義を上手く解釈しているなと思いました。
     そして興味深い作品が多かったのは、アンティミスムのところ。アルベイン・ヴァン・デン・アベーレの「シント=マルテンス=ラーテムの茂み」は、茂みを全体的にぼんやりと柔らかく描きながら、細かいところまで繊細に表現されている作品。実際に見ないと図版ではあまり分からないと思います。
     それと、エドワード・アトキンソン・ホーネルの「春の田園詩」。線的なタッチで葉や服などを描いていて独特な絵肌をつくっている中に、花が無数に散りばめられていて、とても装飾的、叙情的な作品です。
     さて、ベルギーといったら象徴派です。フェルナン・クノップフの「香」は、白黒の絵ですが、本当に陰影の付け方が上手い。細かすぎて、本当にパステル、木炭で描いているのか、というほどの画力。また、アンソールに関しては、彼の版画が集められている小部屋があって、雰囲気のある感じでした。彼もじっと見ると大変細かいんですよね。
     象徴派のセクションが終わると、表現主義、構成主義、シュルレアリスムと難しいところに入っていき、近代的な絵画の流れを戦後まで見ることができるようになっています。

     総括しますと、大作、秀作と呼べるものが多く、それと作品数もあってとても見ごたえある展覧会になっていると思います。今年はベルギーの画家の作品を見る機会が多く、ベルギーの近代絵画を知る良いきっかけになりました。
    松岡美術館


    目黒駅から歩いた、セレブな街、白金台にある美術館。
    展示品がすごいですね。エジプト、ギリシア、インド、クメール、中国などの古代文明の遺物や現代作家のオブジェなどがザラっと並べてある!! 
    いったいどのルートで仕入れたのか、っていう。どんだけ金かかってるのか、っていう。
    その中で、僕のお気に入りはジャコメッティの「猫の給仕頭」。このくらいつつましい作品で十分でしょう。

    絵画のほうは、今は一応、「フランス絵画展 ~印象派からエコール・ド・パリ~」ということで所蔵作品を展示しています。
    印象派は、モネ、ルノアール、シスレー、ピサロと大物がそろっています。一方、エコール・ド・パリの画家も、シャガール、キスリング、ピカソ、フジタ、モディリアーニ、ユトリロと錚々たる画家の作品があります。

    モネの作品は初期のわりと従来の方法できちんと描かれた作品。印象主義を代表するような睡蓮に慣れた我々にとっては、目新しいものです。
    ルノアールは、幼児を描いた70年代のパステル画(上図)。綺麗です。それと、神話主題の後期作品です。
    ピサロは、いろいろな描き方のできる画家ですが、ここにある三枚もそれを表してますね。一枚、花を描いた静物画がありますが、これなんかはあまりピサロに見えないような作品でしょう。
    それとブーダンの海の絵がいいですね。力強いタッチで波が描かれています。

    エコール・ド・パリの作品は、ユトリロの作品が充実してますね。あまり見ませんが、ここには4枚あって、明るめの作品などは僕も初めてのユトリロの一面でした。
    それとシャガールとキスリング、ヴラマンクの作品が割と揃ってました。

    僕も、最近この美術館にフランスの近代絵画のコレクションがあることを知ったので、世間にはあまり知られていないのでは、と思います。
    個人美術館にしてはコレクションがよい物を持っているので行く価値があります。特に一階なんかはどこぞの博物館ですし。
    あと少し気になったのが、グッズ売り場にブーグローの作品のハガキがあったこと。所蔵しているなら是非見せてほしいですね。
    ルノアールに関する覚え書き


    ルノアールの絵が好きだ。
    多くの日本人にルノアールの絵は受け入れられている。そういう意味で、最も魅力のある画家の一人といって間違いないだろう。

    僕がルノアールを意識しだしたのは、中学の最後の年から高校に入った頃だったろうか。
    小さい頃から親に展覧会によく連れてかれたけど、その頃は別に昔の画家には興味がなく、さっと見て出るような感じだった。
    次第に、展覧会の作品を良く見つめるようになって、自分の油彩に対する意識が上がってきた頃、インスピレーションを与えられたのはルノアールだった。
    古典の、写実的で、絵肌がつるっとしていて、どうやって描いているのかも分からない絵とは違って、ルノアールの絵は、筆の動きも分かるし、古典絵画にないような鮮やかさをもっていて、それでいてきちんと対象を捉えているものだった。

    2001年にブリヂストン美術館でルノアール展が開かれるというとき、行く前から興奮していたのを思い出す。
    あれから、さまざまな展覧会に行ったけれど、やはりこの展覧会は自分にとって今でも特別な位置を占めている。
    多分、もう一度には集まることはないだろう、というような作品のクオリティーの高さに感嘆し、素晴らしさを生で実感した。
    展覧会に行く前は、自分で木枠を削ってキャンバスを作り、ルノアールの絵をひたすら正確に模写している作業の途中だったのだが、印刷で見るのと、本物はかなり違っていた。
    本物は、ひたすら明るく、肌などは、より古典的といえるような質感をしていた。
    そのときメモをとって、なるべく本物の色合いを頭に刻もうとしたのだが、帰ってから、模写をそのように仕上げることはできなかった。
    だが、この初めての模写で、ルノアールを扱って、また本物を見て手直しできたということは、自分の中でも大きな収穫になったと思う。
    実際、僕は電卓まで動員して、0.1mm単位で作業していたのだが、今思い出すと、充実して絵に取り組んでいた時期だった。

    ルノアールは印象主義の画家として認識されるが、僕は、この考え方とは少し違ったところにルノアールの魅力を感じている。
    確かに、ルノアールは、印象派に特徴的なタッチで描いており、彼らから多大な影響を受け、モネなどに似た絵を残してはいる。だが、ルノアールの作品は、彼の独自の作風が強調されている。
    モネやシスレー、ピサロらの絵が同じように見えても、ルノアールは彼らからは確かに一線を画している。
    ルノアールはイタリア旅行で、ルネサンスの画家の作品から多分にインスピレーションを受け、そこから新たに自らの絵を構成していくことをしているが、このことなどはルノアールが印象主義を追求することにより生じる問題、限界を知っていたからである。
    1870年代の印象主義を取り入れながらも写実的な作品から、イタリア旅行以後の1880年代には印象主義とルネサンスや新古典主義的な画法との融合を目指し、より上手く印象主義技法を消化、表現している。
    晩年になると、身体的な問題から、十分に輪郭を捉えきれないような、これこそ印象主義的な作品になるが(これはモネなども同様で、彼の作品などは、もはや殴り塗りのような荒々しいものである。)、それまでの1890年代からは落ち着いた画風を確立している。
     個人的には、やはり1870年代半ばから81年辺りまでの、印象主義を風景などに積極的に取り入れながらも、顔などは古典らしさを保って、きちんと表情豊かにつくられている作品が好きだ。イタリア旅行以後は画風が落ち着かない時期になるが、それでも彼が印象主義的技法の中に溺れて対象を捉えきれなくなることに陥らずに、円熟期を迎えられたのは、ルネサンス画家やアングルのような新古典主義を認めて、そこから多く学んでいたということであり、彼がサロンを重視していたことからも、印象主義と距離を保ち、それまでの絵画技法と、新しい印象主義技法との間を上手く仲介していたということであろう。
    この意味からも、彼は印象主義の画家とは少し違ったところの魅力を体現した画家といえると思う。
    さらにいえば、彼が人物を第一の主題としたことも、古典絵画と印象主義絵画を取り結ぶ画風を獲得するに至った大きな要因だろう。

    以上、簡単にルノアールについて僕なりの見方を書いてみたが、やはり思うのは、ルノアールは、それ自体で独自の位置づけなり、主義、画法なりを与えられるべき特異な画家ではないか、ということである。
    パステルのすすめ


     最近、長い間やってきた油彩から少し離れて、パステルを使った絵を描き始めている。勿論、油絵の表現方法は優れて多様であり、多く人が油絵を選ぶことからも、その可能性は分かる。しかし、パステルも、同様に、多くの良い点を持っている。ここで、簡単に整理しておこうと思う。

     パステルは画材としても、結構古く、有名な画家たちが使用してきた歴史がある。昔のヨーロッパの宮殿画家が描いたようなパステル画は、ほとんど油彩と見分けがつかないような精緻さを持っている。また、近代では、ドガやルノアール等の印象主義画家や、ルドンが秀逸なパステル画を残している。特に、神話や花の題材で描かれる、ルドンのパステル画は素晴らしい(上図)。

     使ってみて感じるパステルの特徴は、色の鮮やかさと柔らかさ、色(絵肌)の均質さ、混色の難しさと必然的にそのことからくる重ね塗りの効果である。注をつけると、色の均質さというのは、色がムラなく広がりやすく、それがまた均質的な絵肌をつくるということ。また、混色が画材の特性として難しい反面、上から新しく塗ることで良い効果が得られるとうことがあげられる。個人的には、こうした特長は、絵の制作スピードを非常に早くし、明るい色調の絵に良い効果を多分に与えるということである。特に、パステルを塗ったところを指でこすって広げることにより、簡単に手早く色が鮮やかに固定し、それが絵肌を整えるということは、油絵、また水彩やアクリル、色鉛筆でもいいが、これらの画材と比較できないほどの効果である。

     パステルは、ハードパステル、ソフトパステル、オイルパステルに大別できる。まず、ハード・ソフトパステルと、オイルパステルでは、同じパステルというもののかなり勝手が違う。

     僕はまだソフトパステルというものは使っておらず、ハードパステル(ヌーベルカレーパステル)を使っているが、ソフトは(部分的、細部的に対する)包括的な描写に適しており、ハードは細かい線描などに適している、ということのようだ。ヌーベルパステルに関していえば、粉っぽさがない、と書かれているが、多分長く流動性のある画材で描いてきた人にとっては、色の固定が難しい上に、より粉末の処理に困るのでは。色が鮮やかであるが、画面が汚れやすいことにも注意しなくてはならない。だから、生じた粉をきちんと処理しないと駄目である。また、色を重ねることは可能であるが、間違って描いたものを上から消そうとするのはまず、無理。明らかに周りとの違和感が生じるし、重ねていくほど、次に重ねる色は画面に固定されにくくなっていくことにも注意が必要である。
     とにかく、透明感や彩度に秀でている。よって、深みのある絵というよりも、印象で押すような、雰囲気のある絵に使うと良いと思う。また、実際僕の見たパステルを上手く使っている絵はこのような類の絵であった。

     オイルパステルは、クレヨンに似ているが、感じとしてはもっとベタベタしている。油彩用のオイルを混ぜて使うことができ、このため、油彩に使うこともできる。
     まず、利点は、絵肌がかなり強く仕上がる。これは、オイルパステルが紙に良く着色、固定されるからである。よって、塗り重ねがハードパステルと比べてかなり楽で、オイルも混ぜて使うと良い効果を持った絵肌ができる。つまり複雑な質感が試せるのである。塗りこんでさらっとした絵肌をつくること、そうしないで描き跡を残した線描で表現することが、ハードパステルよりもきちっとできる。
     難点は、相対的な色数の少なさと、扱いにくさ。色数は、混色のし易さによって多少補うことができるが、やはりソフトパステルと比べれば劣ってしまう。そして一番の難点は扱いにくさ。柔らかいので折れやすい。油質でベトベトしているので、手が汚れる。また、パステル同士がお互いの色を付着しあい汚れる。このため、画面の汚れについてはより注意しなくてはならない。さらに、先が尖らないため、細かい線描には不向き。なので、細かい線描は、細い筆にパステルを溶かして塗るという、繊細な作業が必要である。

     パステルは、紙があれば簡単にすぐにできる。また、特別な技法も油絵などと比べても少なく、簡単に表現できる。そして一番の特徴は、何度もいうが、その均質的な、さらりとした色の鮮やかさである。絵をちょっとやってみたいという人には是非おすすめしたい画材。

    小松未歩 3rd album ~everywhere~


    小松未歩は現在、7thアルバムまで出しています。アニメの主題歌などで昔は良く耳にしたという方も多いと思いますが、今もきちんと活動し、シングル、アルバム両方とも一定期間でリリースし続けています。あまり、メジャーに知られてこないのは、やはり彼女のプロモーションの仕方ですね。CM以外でTVでの露出は決してしないし、雑誌も所属スタジオの以外は出てきません。ライヴもしないし。とても慎ましやかで、僕なんかは好感が持てます。

    7つもアルバムがあれば、ファンの人でも好きなものは分かれると思いますが、まず紹介したいのが、3rd。有名曲が多く、アップテンポ気味の2ndと比べても、抑え気味の、割合落ち着いた曲が目立ち、ここから作風がすこし変化してくるところかな、と思います。
    独特の、あまり抑揚とかはつけないさらっとした声質に、独自の歌詞をテンポ良く歌っていて、聞いていると安心できるというか、落ち着ける曲が多いと思います。
    この3rdでいえば、特に「BEAUTIFUL LIFE」「夢と現実の狭間」とか。その代わり、あまり自己主張の強い、アクのある曲はほとんどないので、聞いて盛り上がりたいという人には向きませんね。
    それと、歌詞は、恋愛を歌ったものが多く、そういう点では全く女性向きなんでしょうね。でも、ストレートな気持ちが表現されていて、分けのわかんない英語をちりばめたような歌詞と比較するまでもなく、詩の良さは伝わってきます。

    また折に触れて他のアルバムも取り上げたいと思います。
    多夢羅
     吉祥寺駅からすぐの自家製生パスタの店。
     その日ごとに安くなるパスタが決まっており、また、スタンプカードも発行している。
     店内は、カウンターのみで、かなり狭く、数席しかない。雰囲気的には、古い喫茶店のようで、テレビ、新聞が見れる。まあ、おじさん一人でやってるみたいなのでそこら辺はしかたない。
     味は、やはり、伝統的な日本人向けの味付けであり、少し洗練された度合いに欠ける。なんか、スパゲティというより焼きうどんとかむけの味付けでしょうか。好きな人は好きなんだろうけれどね。食後にはドリンクがついてくる。あと確か学割のようなものが存在したはず。
     ラーメン屋に一人で行く気分で行けるイタリアン。
    ジンメル・コレクション  ゲオルク・ジンメル


    ジンメルの新編・新訳の小論文集(ちくま学芸文庫、北川東子編訳)。
     
    まず、著者、ジンメルの紹介から。
    ジンメルと聞いても、社会学やその他社会科学を勉強していない人にとっては、(また少しかじっている人にとっても、)なじみの薄い人と思います。簡単には、社会学成立期のドイツの代表的な社会学者といえるでしょう。しかし、ジンメルは異色の社会学者です。彼の作業は社会学だけではなく、哲学、美学まで及ぶ多彩なものです。
    こういった、一口では語れないジンメルの姿を映すのが、このジンメル・コレクションです。

    社会学とか何とかの分類は、この際考えずに読んでもらえるアンソロジーに仕上がってます。特に、このコレクションは、エッセイ、それも美学や文化に関わるものが多いです。
    そこでテーマとされるのが、女性、売春、額縁、取っ手、ヴェネツィア、肖像画、俳優…。なんとも学問的というより、身近な問題にあふれていることです。今読んでも、考えさせるものがあります。
    あまり一つ一つについて書いても仕方がないので、これは読んでもらうことにまかせますが、僕のお気に入りを挙げると、「いなかる意味でも文学者ではなく」。たった5ページの文章ですが、何か後味の残るメッセージがあります。これだけでもいいので、立ち読みでも読む価値があるのでは。表題が語るとおり、文学者という態度を拒否するものですが、この作品自体が、一つの文学として読むことができます。

    導入としてジンメルを読みたい人、社会学や美学的なものに興味がある人、などには最適な作品です。また、複数の教授から良訳であると聞いています。気に入ったところを読むだけで、全部読む必要もないし。とにかく、古典の位置を占めますが、それに収まらない作品であることは請合います。