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芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
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    チェーホフ 『箱に入った男』
    アントン P.チェーホフ
    中村喜和訳
    未知谷、2008

    物語中ベリコフという名の男のことである「箱に入った男」は、杓子定規で型にはまり、不寛容な人物として描かれているが、もっと抽象的に、そのような行動・思考様式、社会的な空気感のように象徴化されているようである。
    ただの社会悪ということではなく、人々の生活が無意識的に、あるいは不可避的に箱にとらわれている、とらわれざるを得ない側面も指摘されているところも興味深い。

    「私たちは町で狭苦しいところに暮らし、要りもしない書類をつくり、トランプ遊びをしています。これも箱ではありませんか。一生を怠け者や訴訟狂いや愚か者や引きずり女たちのあいだで過ごし、さまざまな空疎なことをしゃべったり聞いたりしています。これも箱ではありませんか」

    ベリコフは死んで、人々は自由を手に入れたかに思えたが結局はそのような生活や空気感は変わらなかった。
    このことは上記のことがらを強く印象付けている。
    物語の最後は以下のような、はっとする発言が挿し込まれている。

    「他人が嘘をつくのを見たり聞いたりしながら」
    「その嘘に目をつむっている者を、世間では馬鹿者と呼びます。侮辱やさげすみを我慢したり、自分は誠実で自由な人間の側に立っていると公言できなかったり、自分自身が嘘をつき、へらへら笑っているのも、ただ一かけらのパンのため、暖かいねぐらのため、三文の価値もない官位のためなんです。いや、もうこんな暮らしはたくさんです」

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    ジェーン・オースティン 『説得』
    久しぶりにオースティンを読みました。
    『説得』('Persuasion')で、これはオースティンの死の前年に完成し、死後出版された遺作とのことです。

    以前に感想を書いた、『マンスフィールド・パーク』よりも話は短く、入り組んだ印象はないのですが、物語前半の構成は同様に退屈であり、何回か読み進めては放棄し読了に時間がかかってしまいました。
    『高慢と偏見』、『マンスフィールド・パーク』と大きく言えば同様のテーマや情感を描いているので、やや、またこれか、という感じを受けないわけでもありません。
    構成、展開も非常に似たテーマ性があり、男女間の表面的な思い込みや一方的な価値・評価の付与から、真の理解・和解の段階を経て、そして結婚へと至る工程が描かれていることも挙げられます。
    また、その過程で、高評価をしていた人物が実は全く別の人物だったという暴露(もっといえば作者という高見からなされる、エピローグでの強引なつじつま合わせ)が、これも『マンスフィールド・パーク』ばりに散見されるので、オースティンの様式美になっている趣も感じました(父親が娘アンには愛情がなかった、という記述も登場します)。

    上記2作品同様に、『説得』も、主人公アンと過去の婚約相手ウェントワースが出てきた時点で、物語の結末はおおよそ分かってしまいますが、曲道を経ながら大団円へと至る道筋、アンの感情や相手への期待の揺れ動きを楽しむのが本作への接し方かと思います。
    アンは準男爵家の出で、結婚相手は好きに選べませんし、自分にも良家の娘という自負もある。そして父親や母親代わりのラッセル夫人からのお目付けもある。そういった出自・アイデンティティや制約・しがらみのある中で「説得させられたり」、自制しながら生きていくわけですが、何が最善の結果かも分からずに立場や状況において選択肢をとりあえずのところ選び(あるいは選ばされ)生きていくしかない。その過程には無数の並行した世界の結果があることを示唆しており、それらに思いをはせたり現状に納得しながらなお暮らしは続いていく。アンは過去周囲に説得されて婚約を破棄した結果も最終的には受け入れて、紆余曲折を経た強さをもってウェントワースとともに人生を歩んでいく内容となっています。
    アンが説得に屈せずにウェントワースと結婚する、チャールズ・マスグロウブと結婚する、ウィリアム・ウォルター・エリオットと結婚する、などいくつかの可能性が作中示唆されていますが、それをせずに適齢期を逃しつつも、最終的には過去の説得とその結果の破談を受け入れ、かつ今度はそれを乗り越えて自ら選択しなかった選択肢を改めて選択し幸せをつかんだアンの実直さはこの小説のハイライトになっています。
    ジェーン・オースティン 『マンスフィールド・パーク』
    ネタばれあり感想です。
    [ジェーン・オースティン 『マンスフィールド・パーク』]の続きを読む
    『名画の謎を解き明かす アトリビュート・シンボル図鑑』
    『名画の謎を解き明かす アトリビュート・シンボル図鑑』
    平松洋著
    2015、KADOKAWA

    以前に、『名画で読み解くアトリビュート』(木村三郎著)という図像学の入門書を紹介したことがあったが、本著もその位置づけにある格好の手引きである。
    絵画を見る際には、第一義的にはアトリビュート(=持物、帰属物)そのものの知識は絵を楽しむという原体験において必要はない。しかしながら、描かれたものの理解、主題の解釈(客観的なもの、また画家自身の解釈)ということに踏み込もうとする際には、アトリビュートやシンボルの理解が欠かせない。
    とはいうものの、西洋の宗教や神話や文化慣習に疎い私たちには、その膨大な文献にいちいち当たってから絵を見ることなどは到底かなわない。そういう意味で、このようなハンドブックは小難しい美術論文の理解の前にまず有用である。

    本書の特徴としては、まずアトリビュートとシンボルの両方をまとめてあり内容が充実していること、次にカテゴリ別の構成とその概括的注釈により体系的な理解を促していること、最後にアトリビュートとシンボルとの違いを説明したうえで双方の関係や文脈的発展に言及していること、が挙げられる。
    花や動物や身体などさまざまな章でもって構成されているが、例えば、花を取り上げた章では、まず花の持つ意味合いやアトリビュートが語られ、その中の百合では聖母マリアのアトリビュート、純潔や処女性のシンボルとなり…、またこれらがこのようなものと結び付いて…、というような進行をとっている。
    ただ単に聖母マリアのアトリビュートが百合で、幼子イエスを抱き、青色のヴェールを装い…、という画中の決めごとに終始するのではなく、あくまでアトリビュートに焦点を絞り、それが持つ意味や文脈的発展を体系的に知ることができるようにつくられている。
    そのように理解できれば、ただ単に物語的な引用においてアトリビュートが発生している場合、あるいはそのアトリビュートやシンボルが歴史的に発展的に解釈された場合の違いを知ることができ、さらに同主題のヴァージョンの広がりや画家の個別的な主題理解に敏感になることにもつながり、絵画や主題により迫ることができるだろう。
    また、シンボルという要素も丁寧に扱われていて、そのアトリビュートが宗教性を捨象されシンボルとしてどのように絵画作品にブレークダウンされていったかを知ることで、近代以降の寓意画等における展開も興味をもって見られる。

    ハンドブックということで、内容は充実しているものの紙面等の都合、詳説やヴァリエーションは不足していることは致し方ない。
    導入以降は、自身で絵を見て、解説等を勉強していく他は近道はないが、絵画における解釈学へのアプローチにおいては本書は非常によくまとめられており、絵画を多面的に見ていくことの手助けになる。
    P.D.ジェイムズ追悼
    ちょっと前にミステリマガジンで追悼特集が出ていましたが、2014年11月にP.D.ジェイムズ女史が亡くなりました。黄金時代のセイヤーズと並び称される、重厚で緻密な描写で、娯楽性を超えた、文学、文芸性に踏み込む筆致により、推理小説のポジションを押し上げた功績はこれからも褪せることない評価になっていくでしょう。
    2作でかろうじてシリーズものとして扱われるコーデリア・グレイシリーズは1982年の『皮膚の下の頭蓋骨』からついぞ続刊は出ず、これはファン心理としては残念に思うところです。しかしながら、2作でも十分と思わせるほどの評価を得ているシリーズなので、やむなしですし、それこそリアリティを重んじる女史の態度からすれば続刊はなかったのでしょう。ダルグリッシュシリーズでは中盤からはケイト・ミスキンの登場により、女史の関心がダルグリッシュとケイトの関係に移っているので、ケイトがある種のヒロイン役となり、そこへ収斂されたともいえますね。
    ダルグリッシュシリーズは刊行が数年おきということで、高校時代に最新作の刊行に追いついてからは連続性をもって読んでいなかったので、これを機会にというわけでもないですが、シリーズとおして読み返したいところではあります。かなりのハードワークなので、まずはコーデリアシリーズから、になるでしょうか。

    一読者だった身として、このブログでも追悼の意を表し、さらに女史の作品が読み継がれていくことを望みます。

    コーデリア・シリーズレビュー
    10年も昔のレビューです…。
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