芸術、書籍、音楽などのレヴュー。あるいは随筆。 - Revue de l'art, le livre, la musique etc, ou essai.
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  • 怖い絵展 上野の森美術館
    中野京子著『怖い絵』刊行10周年を記念した企画展で、同書で紹介された絵画も出展されています。
    この展覧会、各種メディアやSNSなどで話題になったそうで珍しく若者も多く集まってかなりの賑わいを見せていました。私も混雑を察知して平日の午後に行きましたが、1時間以上待ちました。
    来場者に知られているような画家はかなり少なく、多くが19世紀のクラシカルな画家だと思いますが、これほどに盛況だったのは小難しいもの抜きの切り口、テーマ性によるものが大きく、話題の展覧会にグループで集まって鑑賞というのも多かったのでしょう。
    表に掲げられているポール・ドラロシュも、19世紀フランスのアカデミーの画家ですが、このように取り上げられなければ日本でも海外でも美術館では大方スルーされていますね。
    そのような意味でも展覧会の企画や見せ方、もっといえば広報や集客の仕方も大切なファクターということを改めて気づかされました。私のようにドラロシュというだけで食指を動かされる人間はわずかでしょうから。

    ただの怖い絵展というだけで超混雑であればスルーしてもよかったのですが、個人的にはドラロシュのほか、ほとんど鑑賞する機会のないJ.W.ウォーターハウスの絵画が出展されるということでマストな企画展でした。
    「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」はオールダム・ギャラリー所蔵ですが、イギリス、マンチェスター中心部からも遠いので、こういう機会がなければ見るのはほぼ不可能です。テイトの時にも書きましたが、タッチでの物体の構成力、表現力がすさまじく、ねっとりとした現代スーパーリアル絵画には醸し出すこのできないオーラがあります。
    他は、ファンタン=ラトゥール、ターナー、モロー、ワッツなどは有名どころで見どころでした。チャールズ・シムズという画家が何枚か出品されていてタッチや写実性から気になりました。正直ほかの画家は全然知らない画家が多く、テーマの分かりやすさとは異なってマニアックだなと感じました。
    これだけ集客力があるのであれば、本と同じに続編をやってもよいと思います。
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    デンマーク・デザイン 損保ジャパン美術館
    日本・デンマーク国交樹立150周年を記念しての企画展です。
    数か月前に府中美術館開催のフィンランド・デザイン展(こちらはフィンランド独立100周年記念)に行きましたが、この2展をもって、日本で人気の北欧デザインを一望できたかと思います。

    デンマーク・デザインというと、ウェグナーを筆頭とするミッドセンチュリー家具が想起されますが、本展も、H.ウェグナー、B.モーエンセン、N.ディツエル、F.ユール、パントンら日本でも名の知られた大家の代表作を間近で鑑賞することができます。
    これらのデザイナーの作品は、半世紀以上たっても魅力があせることなく人々に愛されており、それが遠く離れた日本でも深く根ざしているというのもよく考えたらすごいです。そこそこの家具店や雑貨屋やカフェなどにふらりと入って、まったく目にしないで帰るということも難しいくらいだと思います。また、必ずしもそのデザイナーの作品でなくとも、ウェグナー風などのデザインの借用はよく見ます。

    展示内容はデザイナーごとにブースを分けるようなもので、複数の組み合わせによる空間展示などもしていましたが、東京の北欧系家具屋のレベルもかなり高いのでそれらと一線を画するような学術寄りの視点ももっと欲しかったなと思いました。
    ただ、そういったものはライトな層には詰まらなかったりするし、展示会場も多くのデザイナーを紹介するには限られているので、代表作をいくつか紹介すること(+α)でとどまるのも無理もないことかもしれません。
    全体を通して、多くの作家の代表作が凝縮されており、ボリューム感もほどよく、入門編には適した企画展だと思いました。
    本展やフィンランド・デザイン展ともに総合的な視点で企画されていましたが、これからもっと掘り下げた、あるいは視点を絞ったよりマニアックな企画展も期待したいです。
    フィンランド独立100周年記念 フィンランド・デザイン展 府中市美術館
    フィンランド独立100年を記念する巡回展です。
    フィンランド・デザインは、かなり現代日本の生活に入り込んでいるので親しみのある展覧会になっていました。

    アイコニックな存在であるムーミンをはじめとして、イッタラ、ヌータヤルヴィ、アラビア、アルテック、マリメッコのおなじみのデザインが並ぶ展示室になっていて、雑貨屋やアンティークショップをめぐるような気軽さがあります。
    イッタラのティーマ、カルティオ、カステヘルミ、アラビアのトゥオキオ、マリメッコのウニッコなどなど、どんなに時代がたとうとも色あせない普遍性があるのだなと思います。展示室にあってもキッチン・食卓にあってもどちらもデザインが生きているというのもすごい。
    純日本の漆塗りや螺鈿細工などは奇麗であっても、日常には容易に入り込めないですしね。

    すでに予備知識がある人、ヴィンテージコレクターのような人には物足りない部分もあるのでしょうが、ライトな層がフィンランド・デザインを一望するのにはとても良い機会と思いました。
    アラビアのムーミンマグのオリジナル原画、コレクションや、ヴォッコ・エスコリン - ヌルメスニエミのテキスタイル展示などは個人的に満足でした。
    ミュシャ展 国立新美術館
    ミュシャの最大のライフワークであり歴史的大作のスラヴ叙事詩全20点を展示する企画展です。
    個人的は、この作品を見る目的で2013年にプラハのヴェレトルジュニー宮殿にいったことがあるので、思い入れの深い作品であり、しかも今までの来歴・経緯も多少知っていたので、この作品群がよもや日本で公開されるということにも非常に驚きました。
    過去記事:http://rapsodie.blog9.fc2.com/blog-entry-381.html

    当時の現地訪問では、ヴェレトルジュニー宮殿の1階の展示会場に10名程度の客しかおらず、ほとんどの作品を間近で一人で鑑賞できました。
    もちろん今回の展覧会は超人気展となっており、平日でもチケットカウンターやショップはずっと行列しており、内部も多くの観客でにぎわっていました。
    ただ、混雑で鑑賞できないレベルということはなく、巨大絵画であるので(ほとんどの人がひきで見るため)意外に至近距離ではゆっくりと鑑賞できるスペースがありました。

    スラヴ叙事詩展示の後は、パリ時代の作品が並ぶ章になっていました。
    もちろん、企画展のボリュームやミュシャの紹介という観点では良いのでしょうが、個人的には蛇足感が否めず、「ミュシャ展」が実質「スラヴ叙事詩展」というコンセプトであったなら、ない方が統一感があったと感じました。当然、本展は「スラヴ叙事詩展」と銘打っていないので私の批判はあたりませんが、欲をいうなら、メイン会場以降は、スラヴ叙事詩の関連作品(習作、デッサン、写真等)を扱って、「スラヴ叙事詩展」となっていれば文句のつけようのない企画展になったと思います。
    パリ時代のリトグラフや作品はこれまでの企画展で見たものが多く、多分に自分と同じ感想を持った方がいたのではと思います。

    また、日本の企画展ではあまりない、写真を撮ることが可能なコーナーがありました。
    今のスマホ、SNS全盛を反映している企画ですが、個人的にはこのような激烈に混み合う企画展では止めてほしいです。というのも鑑賞者が撮影者に遠慮しなくてはならなくなるような状況が多く生まれ、生の絵に向き合うという本来の目的がそがれるからです。
    大きな一眼レフを持ち込むガチな人や、絵の前に立って記念撮影する人など、スマホで一二枚控えめに撮るというような感じではない人も見受けました。

    スラヴ叙事詩は、最初の3作品が特に構図、空間の広がり、人物の連動感から見て素晴らしいのですが、一般にもそのような評価であると知りました。この前段3作は、現実世界の中に理念的な、ヴァーチャルな世界を重ねて描いている点が共通しています。特に、第一作「原故郷のスラヴ民族」は静謐でシンボリックな作品、対して第二作「ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭」は「原故郷~」の統一感や緊張感とは別ベクトルで、躍動的でやや乱雑さをもって鑑賞者を圧倒させるかのような作品で、この2作は好対照をなしています。
    他は、「ヤン・アーモス・コメンスキーのナールデンでの最後の日々」、「ロシアの農奴制廃止」などの寂寞感や鬱屈とした大気表現なども個人的に好きです。
    絵画の鑑賞の仕方としては、もちろん画面を広く捉え、全体的に鑑賞することも大切ですが、個々の人物や装飾等にフォーカスして見るのもよいと思っています。このような超大作でも、当然のことながら、一人一人の登場人物の折り重なりによって、もっといえば筆のひとつひとつのタッチによって構成されています。多くは技術的なことになってしまいますが、絵に近寄ってタッチや絵肌を観察することで見えてくることがあります。この点でも第一作「原故郷~」は草むらのタッチなど遠くからでは分からない画面処理が見えてきます。

    今回は図録も貴重なものとなっており、スラヴ叙事詩を真正面から捉え、網羅的に解説した初の図録かと思います。書店でも広く発売しており、主催者側の意気込みも伝わってきました。
    ティツィアーノとヴェネツィア派展 東京都美術館


    日伊国交樹立150周年記念の企画展で、表題のとおりヴェネツィア・ルネサンスの重鎮、ティツィアーノを中心に据えています。

    同じく、日伊国交樹立150周年特別展として、国立新美術館で「アカデミア美術館所蔵 ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展が開催され、ティツィアーノの代表作が日本で多く鑑賞できる機会が続いています。
    本展も、「ダナエ」「マグダラのマリア」「教皇パウルス3世の肖像」など、まさに教科書級の作品が一堂に会しており、豪華な内容となっています。
    また、ベッリーニ、ティツィアーノ、ヴェロネーゼ、ティントレット等、ヴェネツィア出身の巨匠の作品も展示を彩り、新美の展示とともに、華やかなヴェネツィア・ルネサンスを満喫できます。

    いつも感想として書いているのですが、ヴェネツィア・ルネサンスとくくられるなかで、やはりティツィアーノが傑出していることが今回も強く印象に残ります。
    ルネサンス絵画なのですが、たとえばその次のバロック期の肖像画の大家、ヴァン・ダイクと並べてみたとしても、ティツィアーノの肖像に古臭さや古典っぽさを感じない。
    量感を増すタッチ、色彩や人体・表情の表現は、通時的に魅力を保持しているようです。
    ミケランジェロが「ダナエ」に対してデッサンをなじったようなエピソードがありますが(これは後世の伝聞・伝記の域なので真偽不明。確かに「ダナエ」以外も「マグダラのマリア」上半身など人体デッサンに正確なのかと見えなくもない)、それはミケランジェロの求める域が高すぎるのであって、デッサン以外の人物表現や画面構成、色彩などはそれを補っても余りあるほどであるのは疑いようがないです。